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ロック ユー

2016年7月25日 (月)

寓話としての小公園

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私には公園に関する趣味がある。整備された公園ではなく荒れ果てた庭が好きなのだ。
イタリアのボルケーノの庭などが最も好む者であるが、winのシーエンブルン宮殿などはわざと破壊されたローマ時代の庭園が広大な庭の1部に作ってある。
それはローマ時代の遺跡が時の流れで完全に破壊されたと言う設定の1種のフェイク、フェイントのテーマパークなのである。

佃から歩いてすぐの相生橋のそばの堤防の裏側にそういう感じの良い公園があった。
これはもちろん最初から廃れた庭園と言う設定にしたのではなくて手を入れていないので自然に古い庭になってしまったのである。

それが好きだった。わざわざイタリアに廃園を見に行く必要がなくて徒歩5分のところにそういう庭があるのだ。

しかし東京都中央区としては面白くないようでこの古い庭に費用を投入して最新の庭にしてしまった。そうなると結果としてお母さんと子供たちばかりがやってくるようになって、あたしのような不健康な風景を好むジジイは行くことができなくなる。

この間天気の非常に悪い日にその公園に行った。
天気が悪いから普通の人は誰も来ていない。それで久しぶりにその公園の細かい様子を見渡すと、こーゆーうさぎの遊具がある。

その先は樹木があってさらにその先には堤防があって視線はそこで区切られている。その全体の構図を見渡すと何かプリミテイブなフォルクローレの絵画のように見えるのが非常に奇妙であった。

別にイソップ物語のウサギとカメの競争を言うのではない。でもここにはなんというかちょっと想像できないような寓話的な絵の構図が広がっていてそれは拾いものであった。

撮影は型遅れのiPhone。

2016年7月24日 (日)

Today Tokyo 1966 スバルとキリン

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この間の四谷のギャラリーニエプスで開催された私の写真展示で購入された作品を紹介しておく。

タイトルが決まっているわけではないが仮に「スバルとキリンビール」と命名した。スバルは当時の画期的な車であっててんとう虫とも呼ばれたがその基本的なコンセプトはまさにポルシェでありフォルクスワーゲンである。

1970年代オーストリアのウィーンに滞在しているときに街中を走るクラシックなポルシェ、あれは356であったかその後ろ姿に日本の開発途上国として頑張っているスバル360の後ろ姿がオーバーラップしたこともある。

私の好きなのは黄色いポルシェではなく、黄色いスバルであってこれは早稲田の神田川の奥の駐車場にいつも止まっているのだが、それを探しにわざわざ行ってそれが発見できなくて地元にお住まいの中田さんという方に路上で偶然お目にかかって正確な場所を教えていただいたこともある。

黄色いポルシェは絵にならないが黄色いスバルはフォトジェニックである。

このショットは1966年に撮影だからスバルがまだバリバリの現役時代と言うことになる。脇にはキリンビールのタワーが建っている。
キリンビールの本社は家のそば、中央区のの新川にあって今は中野のほうに移転してしまってその跡地にに巨大なタワーマンションが建設中だ。
こっちの1966当時のキリンのタワーに接近してみるとこれがプラスチックの通い箱ではなくて木製なのである。
1966年に新宿の街をニコンエフに21ミリをつけてノーファインダーで斜めに横切っている時も偶然そこに映り込んだビールの箱と言うのは申し合わせたように材木でできていた。

その木材のキリンビール箱がこのように高層タワーを構築するとそこに何か「違法建築の模型」のような感覚がにじみ出ていて面白い。

この作品を購入してくれた方は名古屋の方でわざわざ私のトークショーに駆けつけてくれたのだが、20年前の名古屋三越での私のトークショーにも来てくださったそうである。
ありがたいことである。
それで父上をを思い出すとか言うのでこの作品を買ってくれた。その背景は別に聞きもしなかったがスバルとキリンビールというのは今の世代の1つ上の人々にとって戦後復興と言う意味合いでなかなかゴージャスなものだと思う。

写真展の作品がほとんどニコンでとられたのに対してこのワンショットはペンタックスに魚眼レンズをつけてとった。焦点距離18ミリで明るさはF11と言う非常にプロフェッショナル好みのレンズであった。

 

2016年7月22日 (金)

プラハ マニエリスムな肉屋

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プラハの中心部から北西に行った丘の上の街コビリシ、ここからはプラハ市街が見渡せる。

そこにある肉屋の看板が好きでプラハに行くと足を運ぶ。路面電車が大きく曲がる角のところに店があるのだが道の反対側からでは距離が遠すぎて写真が上手く撮れない。だから路面電車に乗って坂上の角を曲がる時に壱発勝負で撮影するわけだ。

肉屋の看板としては不思議でもなんでもないのだが、食肉のそれぞれの場所をイラストで示したものが2つ掲げられている。その前に枝肉に似たおばあさんが立って品物を見ている。

チェコ独特の1種のブラックユーモアでそこにカニバリズムを感じるというのがこのショットの面白さというわけだ。

古い話になるがビロード革命以前のプラハの町並みの中にあった肉屋とか魚屋はそれぞれ前世紀の特徴のある独特なデザインで人目を引いていた

それが自由と自由経済を引き換えにしてそういうクラシックな店はきれいさっぱりなくなってしまった。

だから我々のプラハを観察するときのマニエリズムをベースとした視点はそれなりに方向を変えなければならない。その中でこの肉屋の解剖された食肉部位のスタイルはなかなかいい線を行っている。

最近人気になったプラハからはるか南にある古い町テルチの広場を歩いていると、その広場はルネッサンスに作られバロック期にスタイルがちょっと変わったのであるが、コリドールを歩いているとその軒先にそれぞれのオリジナルのお店の職業を象徴化した石で彫刻した飾りが下がっている。
肉屋さんの場合は肉を切る頑丈な鉈が表現されている。

でもそれは何世紀も前のこの場所の職業だったわけで、その職業を表すシンボルはそのまま残ってもそのスペースは今はスマートフォン屋さんになったりしているわけだ。

プラハの坂の上の肉屋と言うのはその意味で看板と内容が一致しているということも可能である。

2016年7月20日 (水)

母の形見の万年筆で書いたあたしの写真展の感想

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ササキジュンイチと言うのは鵠沼海岸に住んでいる私のことを研究する趣味人である。
私が発表した本とか写真集の事は私よりも彼の方がよく知っている。
世の中には田中長徳研究家と言う変な人がいるが彼はその筆頭株主だ。

彼と知り合ったきっかけと言うのは写真集東京ニコン日記の中で佐々木の先代の洋服屋さんが千代田区の富士見にあってそこのウィンドウを撮影したことにある。
その数年後に私がある写真雑誌の新車をしているときにその中でいいいい写真を撮影する人がいた。その人がその人だったわけである。

彼がすごいのは今の時代にインターネットを一切使わないと言うことである。何の事は無い30年前の我々の暮らしをしているわけだ。
だからSasakiが私に連絡をくれるのは封書が葉書だけである。こういうコミニケーションの仕方も良いと思う。

ササキは四谷のギャラリーニエプスの展覧会に来てくれてそれに対する長い感想の手紙をくれた。
その手紙はいつもは自分の好きなペリカンだかモンブランの万年筆に鳩居堂の便箋なのだが今回はちょっと違っていた。よく読むとお母様の形見の万年筆で書いたのだと言う。しかもそのインクが紫色というかセピア色ていうか薄いのだ。読む方としては迷惑なことであるがそれが彼の表現なのだから文句は言えない。
こういう筆記用具の遊びとゆうか趣味と言うのはショートメールでやりとりをしている時代には逆に非常に貴重なものだと思う。

その手紙の様子をここに掲載しておく。ササキの私の扱いは送った写真集や本をいつも江ノ島をバックにして撮影することにある。
70年代にケンジョセフソンと言う写真家がヨーロッパの有名な観光地を背景にしてそこに自分で撮影したその場所の写真を手に持って写し込むというコンセプトの仕事があった。ササキの江ノ島バックの私のはがきの案内と言うのは何か同族に属するようでいてそれが面白い。
ササキは私の写真展の前だか後だか知らないがお母様のお墓のある四谷に参詣に行ったそうである。これもいくようになるであろう。写真展と言うものはもともと生前葬みたいなものだ。

江ノ島は語録年前に夏の暑い盛りにSasakiと一緒に中な坂を登ったり降りたりしたことがある。でも最近のあたし江ノ島の記憶と言うのは実は羽田を離陸した直後に飛行機の上空から見た江ノ島の全景である。南に離陸した飛行機は大きくカーブして江ノ島まで行ってそっからまっすぐ北に向かって新潟のジョークを通日本海からトランスシベリアンルートに入るのだ。

sasakiから来た手紙はメールとは違って手に取ることができる。それがなんとも不思議である。

2016年7月19日 (火)

Today Tokyo 1966 偽物の横断歩道 私の撮影の限界点

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四谷のギャラリーニエプスでの展覧会の最終日にこの作品を買ってくれた方がいた。
これはどこかの自動車教習所のコース内の横断歩道なのである。

要するに交通法の理論上の横断歩道であって実際に歩行するわけではない。だから横断歩道の先はそのまま植え込みになっていると言う異様な空間だ。

まず偽物の横断歩道ですね。

この間、札幌の今井コレクションを見に行った時にホテルはパークホテルであった。
中島公園のメトロの出口から出て私は迷ってしまった。というのは横断歩道のゼブラストライプがそこには存在しないのだ。
おそらくスパイクタイヤなどできれいに剥がされてしまうのであろう。地元の人はそこが横断歩道であると分かっているから平気で横断しているが、私は最初それがわからなかった。

マンハッタンの横断歩道のストライプもはげてすごいが、札幌の中島公園の横断歩道のストライプはそれ以上で全く見えない。

東京を徘徊しているとあちこちに子供の教育のための交通安全教室みたいな公園がある。
それらは信号とか横断歩道がミニチュアサイズで見ていて実に楽しい。しかしこの横断歩道、1966年に撮影したそれはそういうものとは全く異なる不思議な圏外の存在である。

写真家をやっていて半世紀になるが、今回この作品を展示するかどうかについてはかなり迷った。こういう作品を理解してくれる人がいないのではないかと言うのが、こちらの通常の考え方であったし、別の見方をすると、これは私の撮影できる「視圏の限界」とも言えるものなのである。

だからそれを展示してくれたギャラリーニエプスに、さらにそれをコレクションに加えてくれた人と言うのはもっとすごいと思う。

いちど会って話がしてみたいものだ。
いわゆるスナップショットのキビキビした魅力と言うものとは全くかけ離れた、まずこれは表現の極北とでも言うものなのであろう。

2016年7月18日 (月)

中 悠紀 写真展 「AUTUMN LEAVES2」 展示期間:7月12日(火)〜24日(日) ギャラリ_ニエプス

中 悠紀 写真展 「AUTUMN LEAVES2」 展示期間:7月12日(火)〜24日(日) 13:00〜19:00

中 悠紀のパリの1連の作品は普通の我々が考えているパリのちょうど裏返しの現実世界が写っているのが面白い。
60年代の半ばのアサヒカメラで名前は失念してしまっただが、パリ在住のフランス人写真家のパリで撮影した仕事があった。そのタイトルを「死すべきパリ」と言うのである。
そのモノクロームの仕事を中 悠紀を見て思い出した。

例えばそれはHISでパリにきたツーリストが体験するパリとは全く異質のものなのである。

中 悠紀さんとそのことに対で話したらパリの周辺部、しかもフランス人この場合は人種的なものであるが、我々と同じ有色人種の暮らしているパリのキャンデイッドなのである。

カメラはリコーGRDでカメラが斜めになっているショットが多い。私などはそういうショットはセレクトする時極力排除しようとするのだが、彼の場合はそういうカメラの震えとか体の反応をこのまま生かしている。

全部の作品はリコーのデジタルカメラで撮られたものだがその理由も答えが面白かった。フイルム代が自分で管理できないほど高くなっているので、デジタルカメラを使ったと言うのである。これは正しい今の時代の写真家の仕事のやり方であると思う。

私の周辺のライカ愛好家の最近の話題はフイルムをどこでどれだけ安く買って自分は何100本あるというのが自慢なのである。
この場合はモノクロフィルムのトライXのことを指している。
こういう自慢話が貧困である事は言うまでもない。
何か大昔の社会の羊を何百頭持っていると言うのといささかも変わらないからだ。

トライXを数百本所有していると言う事は何の自慢にもならない。
トライXを数百本撮影したと言う事はこれはプライドになるのだ。

その意味で中 悠紀さんの写真に対する態度は真面目で正しいと思う。

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ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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