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2018年3月 2日 (金)

上海で中国製ハッセルブラッドに遭遇する

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大昔の話だがアメリカのメジャーなカメラ雑誌モダンフォトグラフィーのコレスポンデントをしていた。ボスのKeplerさんが来日すると一緒に日本中を旅行して工場を見学したりいい加減な通訳をしたりするのである。
面白かった。京都の老舗旅館俵屋さんであるが、私のボスのケプラーさんは俵屋のアーネスト佐藤さんとマンハッタンで中学時代が同級生だったとかで旧交を温めた。息子さんは当時はまだ制服を着た中学生であったが今は京都の大学の偉い先生になっている。その先生に我々が来たことを覚えていてくれたのが嬉しかった。

俵屋さんに泊まってそこから新幹線で大阪松下の工場を見学しに行ったりした。我々が宿泊する前にスウェーデンの国王がこの旅館に泊まったため25,000,000円かけてお風呂場を改装したと言う話であったがお風呂に入ってみたら別にそういう立派なお風呂でもなかった。

1週間ほど宿泊して私が支払いをするときにボスから預かったのが20ドル札の分厚い札束であった。アメリカで流通している1番メジャーなグリーンバックがこれなのである。ケプラーさんは当時はまだ珍しいアメリカン・エキスプレスのゴールドカードもっていたが俵屋さんはそれを受け付けないので現金なのである。
俵屋さんは最近ではインターネットでも予約ができるようになったらしい。つまらない時代になったものである。
そのケプラー編集長が1981年に中国のカメラ工場に視察に行った。中国の写真機工業はその当時はまだ暗黒大陸だった。メジャーなカメラ雑誌であるのにケプラーさんの中国カメラのレポートは小さなパンフレットのようなものであった。要するに話があまりにマイナーなので業界紙向けの、体裁をとったものと思われる。断っておくがこれはインターネットが登場する20年も前の話なのだ。その中に中国製のハッセルブラッド東風があった。ハッセルブラッド500の完全なコピーなのであるがフィルムマガジンのあたりに独特な中国風のスタイルになっている。それが欲しくなった。
仕事で何度か北京に行ったのは10数年前のことである。新華社の売店にこのカメラが並んでいた。フイルムバックが2つに交換レンズが3つ付いていた。それで値段は確か500,000円位だった。私は新華社が出しているカメラ雑誌撮影世界に大量の売掛金がある。言い換えれば何年分かの原稿料の未払いなのである。新華社といっても広いからこれで貿易をしようと考えたがまずそれは無理である。クレジットカードも使えないのでとりあえず諦めた。それから10数年経過して上海のカメラ博物館で東風に遭遇したわけだ。非常に嬉しかった。
😎

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