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2018年1月 9日 (火)

1959年来日した写真家エルネストチェゲバラの写真がいい

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1959年に来日した写真家エルネストチェゲバラの写真が良い。コンビニで販売中の激撮と言うマガジンの最新号に乗っているゲバラの撮影した写真である。ニコンエス2 大口径の5センチf1.1をつけて日本を取り歩いたゲバラであった。

これは移動中の車の窓からの撮影であるが縦位置で都会風景の不思議なところを映している。
ゲバラが革命家ではなくて写真家になったらこれはまたかなりすごいレベルにまで行ったのであろうと思われる。言い方を変えるとこーゆー写真は意識していないときに自然に取れるものなのであるがその意識しないレベルに行くと言うのがすごいわけなのだ。

ゲバラ特集の別のページにはこの愛用のニコンを同じ革命軍の同行していた医師に譲って自分は彼が持っていたソ連製のコンタックスであるキエフと交換している。アメリカ軍のコンバット映画などだとポーカーで大負けした奴がこーゆートレードをやったりすることがあるがこれは革命のためと判断する外はなかろう。これもすごいことである。

そのキエフで写したゲバラのセルフポートレートも生々しくて好きである。晩年にはすでにトレードマークのヒゲは落としていると言うことも興味深い。
彼が殺される前の年にゲバラは密かにプラハに数ヶ月滞在していたのである。その時も変装の意味でヒゲは落としていた。その写真は私は確認しているのである。

ゲバラがプラハに潜伏している時小さなアパートだったらしいがそれがどこであったのかを私は気になって友人のジャーナリストに調べてもらっていた。でも彼は一向に真面目に探してくれなかった。それもそのはずである。ゲバラは社会主義者であるから当時のチェコスロバキアの社会主義体制と同じなのだ。ジャーナリストはカーター77の戦う人であるから一向に協力してくれないのである。社会主義体制に関係のあるゲバラなどは知ったことかと言う訳だった。


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