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2017年10月12日 (木)

Yasuhiro Ishimotoとブラ館猫クラブ


Yasuhiro Ishimotoとブラ館猫クラブである。写真は石元さんの桂離宮の写真集のトップに掲載されている。また若い頃の貴重な写真である。脇の電信柱にヌードのポスターが貼ってあって手前に猫がいる。

寓話的な素晴らしいポートレートである。クレジットがついていないのが残念である。

石元さん実 には東京の路上で何度かお目にかかっている。最初にお目にかかったのは丸ノ内線の西銀座の駅のホームであった。ブラックのライカを手に持って三脚を持っていらした。三脚を持ち歩くカメラ人類は初心者だと言う認識があるがこの場合は全くその逆ということになる。
その最初の出会いを含めて4回ほど東京で偶然にお目にかかっているのである。
2回目はご本人の写真展のエントランスで大型カメラの写真のテクニックについて40分ほど立ち話をした。本物の写真家は写真の芸術は語らないというのが本物である。

その次はお台場の東京テレポートがまだ建設中の一面の野原であったときに私は8x10の撮影で車で移動していた。ほこりっぽい道を走っていると遥か先にキャノンのイオスを二台持って三脚を持った紳士の姿が現れた。石元さんであった。慌てて車を止めてお乗りになりますか?とお聞きした。
石元さんの答え。
いやいい

これだけの会話であるから会話になっていない。車を発進させたらバックミラーの中に
石元さんの姿は豆粒になり消えてしまった。東京の原野である。

この写真で見ると石元さんのお使いのカメラは西ドイツLimfof Technicaである。それも1,950年代に作られたモデル3である。シカゴのニューバウハウス仕込みの写真家であるからカメラは35ミリがブローニー版か大型カメラを使い分けている。

この写真を見て石元さんこそが裏館猫クラブの元祖であるということを発見したのである。


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