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2017年9月15日 (金)

突撃隊長がくれた古い一眼レフ

数年前のことだと思うが偽ライカ愛好会の撮影と言うのは毎月世話役がいて東京のあちこちを場所を計画して撮影に行くのである。
それを毎月やっていたのだから大変な面白い企画だった。それで秋だったと思うがその日は会員メンバーの1人のアイデアで江戸川の流れを徘徊した。

古い友人の突撃隊長は別にそのクラブに参加していると言うわけではないがいきなりやってきて私にこの古い一眼レフを手渡したのである。何の理由でくれたのかは覚えてないがひょっとしたら数ヶ月遅れの誕生日プレゼントであったのかもしれない。

彼からもらったときにはすでにこのようにブラックテープが貼られていた。だからそのカメラが何であるのかは大して重要ではないがこのカメラを手渡された時に思い出したのはこれも古い友人のウィリアムクラインのことである。

銀座にプランタン百貨店ができた頃だから四半世紀以上経っているがクラインはそのこけら落としに写真展をやったのである。クラインは当時も超有名世界的写真家だったからNHKの朝の番組などにも登場していた。

銀座4丁目でクラインがまるで踊るような格好をしながら通行人をスナップしていた。その直前にクラインにあって彼が言うには自分が朝のモーニングショーに出るからぜひ見てくれ。
俺は寝てるよ時差ぼけだからと言うのである。

その時のクラインは古いライカを使っていた。
その後パーティーか何かで彼に会ったときに Chotoku、俺が1957年ににニコンに提供してもらったカメラだけどもうボロボロで使えないので新しいのを提供してくれるように頼んでみてくれないかと言われた。

早速その伝言を会社に伝えたのだが残念ながらその当時のトップの皆さんはロバートキャパは知っていても新人写真家のウィリアムクラインなどは知らなかったので残念ながらこ話は立ち消えになった。
それでクラインはライカカメラ社をスポンサーにして仕事を始めたのである。今にして思うと彼はライカR6を使い始めてそれを20数年間酷使して写真を撮っていた。

プラハの美術館でクラインのレトロスペクティブが開催された時も彼はライカの一眼レフを持っていた。28ミリのレンズをつけて前に前にと進むあの撮影方法なのであった。

私はクラインのアシスタントをその時務めたのだがこれは非常に勉強になった。ランチの時などにクラインが言うには俺はまだwinには1度も行ったことならない。
次の写真集のテーマはwinにするよと言ったので私は期待した。
でも残念ながらウィリアムクラインはwinを取る事はなかった。

私の尊敬する写真家はいつもレンジファインダで仕事をしていた。1957年来日した時はニコンのエス3を持っていたのである。だからウィリアムクラインはレンジファインダの写真家とばかり思っていたのだがちゃんと一眼レフでも写真を撮っていたのである。Img_4455


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