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2017年8月 2日 (水)

winの私の散歩道 12月の寒い朝

Img_3880

オーストリアウィーン12月の寒い朝だ。
曇っている日よりも晴れている日の方が寒さが厳しい。ドナウカナルの1番北にある橋である。

その名前をFriedence Bruecke
と言う。

第二大戦後アメリカフランスソ連の3つの国に分割統治されていた10年間の間この橋よりも東側はソ連の管轄地域であった。

赤軍の兵士が市民から物を略奪してどんな悪いことをしたかなどと言うことを土地の人々は絶対に忘れない。それを私のような極東から来た青年に語り部として話してくれるのだった。

1,950年代の今よりもはるかに寒くてかわの水が凍ったそうだ。
私の滞在中かその後の訪問した時完全に凍った運河ではないけれども1部が凍った川を見たことがある。それほど厳しい寒さだ。

系統番号が5と言う電車が走っていてこれはプラッターのメイン通りからこの橋を通過してベートーベンのお葬式が通った通りを越えて西駅にまで行くのである。

1973年我々がwinに住み始めた頃にはまだ木造の電車で乗り降りのドアはそのまま吹きっさらしだった。そういう博物館 クラスの乗り物に乗り降りしていたのは今にして思うと懐かしい。

今ではそのようなクラシックな電車は人気であってツーリストが高いお金を払ってわざわざ乗っている位である。

橋の上流に見える奇妙な煙突はフリー田スライ日フンデルトヴァッサーが制作したwinのごみ焼却工場である。

私のwinの暮らしの記憶と言えば常にドナウ運河の2階のアパートメントからこのドナウ川沿いの道を歩いて橋を渡ってこの駅に行くと言うことであった。

橋を渡る手前に馬肉のお店がある。これはどうもナポレオン3世がwinにいた時にフランスの習慣を持ってきたのらしい。そこで売っているのは全て馬肉なのである。

7年ここに住んでお店のお姉さんと親しくなって無駄話ができるようになったらそれから40数年も経過して彼女たちはとっくに定年退職でいなくなっているから
この間行った時はお店にいるのは新しい店員さんだった。だけども私が変なwin弁で喋るのでよく覚えていてくれた。

この橋の上を吹きすさぶ風と言うのは大変なものである。橋を渡るときはまず深呼吸をして呼吸を整えてから渡る必要がある。1番寒いのはこのようなよく晴れた日の朝。これが曇っているとやや暖かくなるし雪などが降ればむしろ楽なものだ。

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