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2017年8月15日 (火)

トニーRayジョーンズの事

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1,960年代後半から1973年まですなわちオーストリーのwinに行くまでの間私の写真の海外情報と言うのはすべて銀座の明裕国際図書館でゲットしていた。

他に外国の写真集が見れるところは銀座4丁目からちょっと行ったところにあったJena書店だった。しかしこちらは本屋さんだから1日中写真集を手にしているわけにはいかない。

それで図書館に入り浸っていたのである。イギリスのクリエイティブキャメラというのが好きな写真雑誌であった。もっともあちらの写真雑誌は作品主体であって新製品のカメラレビューばかりと言うのではない。そこら辺が当時の私の価値観からしても何か真面目と言う印象があった。

トニーRayジョーンズのスナップショットに私は注目したのである。イギリスの寒いような夏のしかもあまり高級でないブライトンとかそういうところであったのだろうか寂しいバカンスを撮影したリアルな人間のドキュメントであった。

トニーRayジョーンズはあの世代で最も素晴らしいスナップ写真家であった。ニューヨークにも暮らしていてブロードビッチと関係もあったのだ。しかし30になったばかりで白血病になりアメリカの治療費はあまりに高いので故郷のイングランドに戻ってしばらくして亡くなった。

1973年に私がオーストリアのウィーンに行く前後に彼の訃報に接ししたのである。それは非常にショックだった。それまで私はロバートフランクの真似をしてライカのレンジファインダで撮影していたがトニーRayジョーンズの場合はニコンエフだった。レンズは広角レンズの28だった。踏み込んだスナップショットはライカカメラではなくて一眼レフでも撮影できるのかと感心した。

クリエイティブカメラの編集長は当時気鋭のエディターBill Jayであった。その理由は知らないがクリエイティブカメラの編集長を降りて新たにアルバムと言う名前の新しい写真雑誌を作ったのだ。私もそこに作品を出してくれと言う依頼があって早速送ったのだが結局新雑誌アルバムは世の中に出なかった。
結局幻の写真雑誌になってしまった。

私は1969年から3年間連続して銀座松屋眼鏡店の上のニコンサロンで開催した写真展の2番目のタイトルはAlbumになっている。

若くして亡くなった写真家トニーRayジョーンズのことを追悼するつもりでもあった
若くして亡くなった写真家で私の近くにいたのに戸田茂がいた。戸田も20代で白血病で亡くなっている。

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