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2017年8月 9日 (水)

私の散歩道ドナウカナルの夕暮れ

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オーストリアウィーンの画家OSKAR KOKOSKAは私が生まれた年1947年に描いたドナウカナルの油絵がある。
作品は小さなものであるがその風景は今とするほど変わってはいない。ドナウカナルの岸辺のポプラの木が昔はちょっと背が低かった位の違いである。
彼の描いた作品の主要なポイントはちょっと目立たないが実はドナウカナルに係る渡船なのである。

ドナウカナルそのものはドナウの本流から旧市街に分かれてまたドナウに合流するのであるがそのトータルの距離は10キロは無いかもしれない。所々にブリッジがあるがそれだけでは不便なのでその間に渡船がある。

当時の渡船の料金は50groschenであった。つまり1シリングの半分と言うから7円か8円というところだ。ドナウの岸辺に降りてそこにぶら下がっている鉄の板を一緒に下がっているハンマーで叩くのである。そうすると運河の反対側にいる人間がその音を聞いて船をこちらに向けてくれる。

別に用もないのにこの渡船をよく使ったのは川を横切っているときに手を差し伸べてドナウ川の水に触ることができるからだ。

私はドナウカナルの住人であったがすぐ近くに大きなコンピューターのソフトウェアの会社ができた。それで多分その会社が出資したのだと思うが渡船はなくなって立派な橋がそこにかかった。
ミックスドルファーブリッジと言うのである。

朝などはそのコンピュータの会社に通勤する若い人でいっぱいになる。これなどは古風な渡船では到底キャパが足りないわけだ。

私の住んでアパートメントのちょうど反対側にアパートメントがあったので昨年の暮れにはそこに滞在した。ドナウカナルの渡船はないけれどもその船が往復したちょうどその同じ空間の高さ10メーター位のところに橋がかかっていると言うのは実に不思議な気持ちにさせられる。

午後遅くにその橋の上から上流を眺めて昔のことを思っていたらちょうどボートがゆっくりと遡上していった。
素晴らしい光であった。

これはiPhoneで撮影したのだがいざとなるとカメラなど何でも良くなる。

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