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2017年8月31日 (木)

ウィーンアトリエの鏡

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70年代のウィーンのアトリエの鏡の写真である。時代推定からすると現代日本写真家展のポスターが写っているから1976年の秋以降に撮影されたと思われる。ポスターの脇には当時私が描いていたドローイングもチラッと見える。

部屋はがらんとした倉庫のようなものであったが天井が高いしやけに広いから今にして思えば貴重な体験であった。

家具付きのアパートメントと言うのは名ばかりであってもうすでに耐久期限を過ぎたようなガラクタ家具であった。ベッドなどもここで何人の人が死んだかと言う位の年代物なのである。私はそういうことには頓着しないが普通の日本人の潔癖感覚ではこれをやっていけないだろう。

同じ間取りの1階上の部屋で高齢女性がなくなってそのまま発見されるのが数ヶ月遅れたと言うのが話題になった。何かの機会でその住居を見たらこれが実に素晴らしかった。Atgetのパリのアトリエと言う感じなのである。言い換えればフランツヨーゼフが生きた時代の豪華絢爛な室内装飾がそのままそこに保存されていたことになる

要するに19世紀の後半に建設されたアパートメントなのだ。
。鏡に写っている私はまだ30代であって三脚はフランス製のかな。カメラはコンタックスあるいはソ連製のキエフのようであるがこの距離ではわからない。レンズは35ミリのジュピターであろう。

つくづく不思議に思うのはこの時代つまり1,970年代に撮影した写真を売って今でも食っているという点にある。
私の写真の時間軸と言うのは何十年も前から1本の道であって枝分かれをすることがないということに最近になって気がついた。

これは写真家としては非常に幸せなことであると言うことにも気がついた。

鏡の左手に金属製の丸い缶が山積みになっているがこれはモノクロフィルムを撮影してネガカバーが買えないのでこうやって20本ずつロールにしたものを保管していたのである。

三角形のイタリアンベルモットの灰皿が見える。これは私がスモーカーと言うわけではなくて遊びに来るwin人がスモーカーが多かったせいである。だから灰皿を用意しておくのはエチケットであった。

定期的に実験制作映画の映写会をやっていた。そのための折りたたみ式のスクリーンが鏡の左側にちょっと写っている。まだビデオなどが発明される前の時代の話をしているのだ。

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