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2017年8月 1日 (火)

私の散歩道。パリフランス。 3マルタン運河のほとり

私の散歩道。パリフランス。Img_3858_2


Img_3859

8月の5日からアイランドギャラリーで始まる写真展は私の散歩道と言うのである。その内容は昨年の12月にオーストリアのウィーンで撮影したものだ。散歩道と言うのはコースは大体決まっているがこれはツーリストのやることでは無い。

その町に住んでいる人間が日常性の退屈に困ってしまってそれでいつも知っている道を歩いてわずかながら発見をしようというのが散歩道なのである。
オーストリアウィーンで苦労したシグムントフロイトも散歩することの愛好家であった。

だからオーストリーのwinとかチェコのプラハなどは長年住んでいたから私の散歩道と言うのが伝統芸能としてちゃんと私の中に存在する。

フランスのパリの場合はそれとはちょっと意味が違っているがやはりツーリストではないからこれは散歩道をうんぬんする資格はあると思う。
ツーリストと言うのはセーヌ川を遊覧船で行ったり来たりらしたり巨大な教会に行ったりサントノーレで買い物したり到着の翌日なのにラーメンが恋しくなって高くてまずいラーメン屋さんに駆け込む人々のことを言うのである。

1985年にフランス政府観光局の仕事で主にパリとブルゴーニュを回って本物の観光と言うものを体験させてもらった。本物の観光は食欲と視神経がタフでなおかつ足が鉄でないとやっていけないと言うことがわかった。

この春のパリ滞在などではもちろんのこと私は母なるセーヌは1度もみなかった。ギャラリーには数回行ったけれどもそれは自分が写真展をやっているから業務上で行くのであるが
北駅のホテルから往復したのである。

それで自分で勝手にこれがパリの自分のベンチだと決めている3マルタン運河のそばの汚れたベンチに毎朝通ってそこで鳥の声を聞いたり原稿書いたり持参の酒をちょっと飲んだりしていた。

そういう生活に非常に満足したと言うのも武林無想あんのフランスにいた頃と今では通信のクオリティが全く違うからである。

かれば南フランスで食い詰めて日本に送金を頼む時に最後の 1フランをはがきに貼ってそれをポストに投函する。そこに絶体絶命な旅行者のダンディズムがある。
それに比べるとパリのベンチに座っている私などはなんとも腑抜けである。

でも私のような外国人にもパリの街はずれの運河は素晴らしく私を歓待してくれるのだ。これがパリの平和と平等と博愛と言うものか?
音声入力はいい加減である。迫害ではないぞ。

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