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2017年6月 8日 (木)

山崎博さん

Img_3262

山崎博さんの訃報に接する。行年70歳。

山崎さんに最初に会ったのは67年頃だったそうだ。銀座で山崎さんが私に声をかけてくれたのだ。

1966年に私は結構たくさんのスナップショットをカメラ時代と言う雑誌に発表していた。

8ページのグラビア印刷でそれを年間、7回とかやったら目立つのに決まっている。それを山崎さんは見てくれていてあいつが田中長徳か、と言うので声をかけてくれたのである。ありがたいことだが私はその記憶が飛んでいるのである。

後になって山崎さんと飲むようになったがいつもその話が出た。要するに当時の山崎さんはあまり酒癖が良い方ではないのでそのことを覚えていないのはけしからんと絡んでくるのである。

私は写真家山崎博を最初に記憶しているのは場所はやはり銀座であるが2眼レフのプリモフレックスを彼が持っていたので、私はそのカメラの優秀さについて路上でカメラ談義をした。それが私の山崎さんとの最初の記憶に残っているポイントである。ところが山崎さんはその事は覚えていないと言うのである。

私はコンセプトで写真を撮る人間ではない
が、山崎さんはコンセプトの土台をしっかり立ててその上に映像を構築する人であった。

優秀な写真家であると同時に山崎さんは優秀な映画作家でもあった。実験映画である。8ミリカメラを熱気球に積んでそのカメラがどんどん上昇していくのである。
そこに私はかの、ナダールの浮遊感覚を味わった。
現在大流行のドローンの仕事は三流のディレクターが温泉場を上空からとったりするようなひどい使い方をされている。それに比較して山崎の空中浮遊感覚には絶対的なものがあった。

綿密なコンセプトに基づいた彼の他の映画作品で重要なのは虫眼鏡でピンホールの火種を作って木製のカメラが燃え出すと言うシリーズがあった。

虫眼鏡のレンズで太陽の光を集めてそれで本当に蛇腹カメラが燃え出すのである。その映画をたまたま私は世界のトップクラスの大判カメラメーカージナーの会社のコッホジュニアさんと見ていた。
彼はかなりそのエキセントリックな映像に動揺したようであったが、映画が終わってから一言、うちのは金属製だからこんな事は無いと言ったのである。このコメントは未だによく覚えている。

いつのことであったがのか忘れたが、ある雑誌のインタビューをシリーズで私がやっていた時に、山崎さんを彼の自宅に訪問したことがある。

モダンな写真家であるから大辻清さんみたいなみたいなコンクリート打ちっぱなしのお宅にお住まいかと思っていたら、大違いであって山崎さんは普通の木造建築に住んでいた。

それが意外でもありまた面白かった。窓開け話してると、家猫やら飼い猫が自由自在に目の前を行ったり来たりするのである。

そして山崎さんは自分の最新作をビデオで見せてくれた。それは桜の花を1,200ミリレンズにいくつものテレコンバーターをつけて長超望遠にした映像なのである。
それを見ている間にビデオデッキが具合が悪くなって壊れてしまった。山崎さんはこれは何万回も再生しているからねと言って別に驚いた表情もしていなかった。

これが山崎さんに最後にあった私の記憶である。

彼のキャラクターで非常に面白いのは若い頃結構酒癖が悪くて私を批判したりしていたが その時に写真のある質問について山崎さんに回答をお願いすると態度が一変して非常にわかりやすく説明をしてくれるのでびっくりした。

おや、この人は写真を教える能力に長けているのかと何か大発見をした気がした。
そして彼はその後東北の大学で教えたり東京の大学で教えたりするようになるのである。

山崎さんが偉いのは彼が今までやってきた仕事をそのまま授業で学生たちに教えるという事はやっていないと私は確信している。
普通だと大先生の周りで集まった生徒連中は先生の作風の真似をするのである。
これはナンセンスだと思う。
その意味で私が思うに写真家山崎博は教育者としても優れていたのだと思う。

写真教育不可能論者の私が言うのだからこれは間違いがない。

何十年来山崎博さんのトレードマークだった、あのピンクのシャツがもう見れないと思うと寂しい。


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