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チョートクカメラ塾ブログ

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2017年6月 7日 (水)

田原桂一さん

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田原桂一さん昇天。
65歳であった。

田原さんに最後に会ったのは1985年の秋だったと思う。
ジャック ラルテイグの取材でパリにいた時に久しぶりにあったのだ。

田原さんの好きなカルチェラタンのベトナム料理屋で食事をして酒を飲んだ。そこのラーメンは細くて独特なのである。田原さんは小さな青唐辛子をたくさんのせて食べていた。ものすごく辛いので私は目が覚めた思いがした。これは田原さんの写真術芸術感にもつながるのではないかとその時思った。

後年ヨーロッパにロケに行ってスタッフと一緒にそのお店に行ったことがある。
私は自慢で田原さんが好きな店と言うので同行スタッフにお店を紹介したが、スタッフの皆さんにはラーメンは不評だった。というのも彼らは日本のチリチリのラーメンに慣れているからストレートで細いラーメンはダメなのである。何か私にこの店を紹介した責任を取れと言うような感じになり、それも懐かしい思い出だ。

パリ仕込みの田原の生き方は彼のアートでも写真でも、彼の好むラーメンでも極東には最初はなかなか受けられないと言うのが本当のところなのである。

1,970年代の後半に田原桂一さんはwinの私のアパートメントに遊びに来ている。
ところがそのことを私はすっかり忘れているのである。

昨年の夏に四谷三丁目のギャラリーニエプスで私が1,960年代の東京の写真を展示したときに、ギャラリーオーナーの中藤さんがいらして田原さんと話をした。
私は田原さんに会うチャンスはなかった。
その時の田原さんは、「チョートクさんとは winに行った時はカメラの話ばかりしていたが、その前東京ではこんな写真を撮っていたのか。いいね・・・」と言ってくれたそうである。
ありがたいことである。

1,970年代には外国で仕事をしてる写真家は少なかった。
俗にパリの田原、ロンドンのハービー、winのチョートクと言われていたようである。これはウインのあたしの家に遊びにきた、田原さんのデビュー作の写真集を制作した倉持五郎さんから聞いた。

いつだったかパリの街の東の果てにある田原さんのアパートメントを訪問したこともある。夜中の3時ごろタクシーでホテルに戻ってきたのだ。懐かしい思い出である。

ところで1,970年代に田原さんに教えてもらったパリの素敵なベトナムラーメン屋さんのことである。昨年私の個展に来て下さった直後に、そのお店の場所と名前を聞こうと思っていた。ところが田原さんは若いからいつでも会えると思って、そのままになって今年の春に私はパリに行ってしまった。それでくだんの店を探したのだがやはり発見できなかった。

すばらしい仕事を残した写真家田原桂一である。
だから個人的なパリのラーメン屋の場所等はもちろんわからなくても私は残念には思わない。

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