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2017年5月10日 (水)

エウロペ1975

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ヨーロッパでパノラマ写真を本格的にとり出したのは1975年のことだ。東ベルリンでソ連製のパノラマカメラホリゾントを入手した。
西の経済地域と違って東ドイツは弱いカレンシーの国だからかなり安かった。そのカメラを持ってヨーロッパ中を旅行したのは1975年から80年にかけてだ。

1979年に北井一夫さんのドイツ表現派建築
の撮影をお手伝いした時にもパノラマカメラを持参した。

この長い旅行は翌年の冬にもあったのだが教えられるところが多かった。
それまでの私は写真表現と言うのは鉛筆の先を鋭いナイフでさらに鉛筆の芯をとがらせることが写真の美学だと思っていた。それを北井さんは私の前で一挙に払拭して見せてくれた。これが私の写真に対する思想の一大転換であった。

1980年11月に帰国して1981年に日本での写真展は石原悦郎さんが起こしたツアイトフォトサロンだった。
石原さんを紹介してくれたのも北井さんである。
東京に戻ってから北井さんは私にプラハのパノラマ写真集を見せてくれた。これが有名なヨセフスデクのプラハパノラマなのである。
今ではオリジナルは稀覯本であるが北井さんはこれを神田の古書店で500円で買ったと言う。
見返しは宛名として日本人の女性の名前があり、それを贈った人はプラハ人であることもわかって当時のドラマを想像させた。

ヨセフススデクのパノラマ写真集に影響を受けてその後の私のプラハでの生活の20年はもっぱらスデクとパノラマカメラに向けられた。

1981年のツアイトフォトサロンでの私の個展のタイトルは「エウロペ」であった。石原さんがつけたタイトルである。このヨーロッパの古語つまり古い言葉をタイトルにつけるのはさすが石原さんであると思った。

最初の個展でパノラマ写真も売れた。石原さんは他のパノラマ写真をまとめて第二弾をやる可能性がありそうだと言った。
そして200点以上のプリントをツアイトフォトに預けてあったが、私は多忙でその後の30年間に石原さんとは日本橋の路上で2回遭遇しただけなのである。

最後に石原さんにお目にかかったのは数年前の東京都写真美術館の北井さんの展覧会の時に北井さんと私のトークショーに石原さんは飛び入りで参加してくださった。ブレッソンのモノマネもしてくれた。こういうのは主催者としては面白くないのかもしれないが、私には素晴らしいことであった。
おめにかったのは前にも後にもこの時だけなのである。
その二百点のプリントはwinで制作したものである。30数年が経過しているからこれがヴィンテージと呼んでも良いであろう。


昨年の春にそのプリントの返却を受けた。フォトサロンにプリントを受け取りに行ったらギャラリーの方が石原さんの遺骨は今墓地に向かいましたと言われた。それで空になった祭壇に向かって私は一礼でしたのである。

知り合いの出版社に相談してみた。その出版社は私の佃日記が大手出版社でボツになったのを助けてくれた優秀な小出版社なのである。

二つ返事で出版を受けてぶれたのだが、それから半年ほど経ってあちらの事情でこの企画はボツになった。それで返却されたプリントが今、私の手元にある。

稲垣タルホは自分の作品が戦前から戦後にかけて10本の指を超えるほどの出版社でたらい回しにされて結局戦後になって、それが本になったのは伊達得夫が起こしたしょし書肆ユリイカなのである。
1番最後に1番素晴らしい出版社から出たと言うのが事実なわけだ。

最初の計画では限定200部にヴィンテージプリントを封入してコレクターに販売する。残りの若干部数はプリントなしで普通の写真集として販売するというものである。
この考えは今も変わっていない。

出版は新しい可能性を見出したのでゆっくり前に進んでいるところだ。

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Img_2738 JOSEF SUDEK 1950


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