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2017年4月12日 (水)

CDG空港からPARIS北駅がやすくなった謎

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一昨年5月にパリに行ったのである。
あたしの佃日記が2,001年から2003年の記述であるが、その当時のパリの訪問の記録を見てみると当時は資金が潤沢にあったから、空港からタクシーで行ったりしている。最近は老人になって落ちぶれたのでなるべく経費を安くする必要がある。

それでシャルル・ドゴール空港からバスを使っていたがバスはいきなりオペラ座の前に着くので都合が悪い。というのもこの10年来は主に北駅の近くの安宿に凝っているのである。

これはその必要もあるのだが以前フランス政府観光局の仕事でパリなどでも名前を出すのがはばかられるような五つ星のホテルに泊まらされたのである。その経験からすると安ホテルと言うのは小説に出てきそうでなかなか味があるし、しかも値段が安いのだから一石二鳥と言うわけだ。

辻潤が息子と一緒に泊まっていたホテルバッファローと言うのはどこにあるのか知らないが案外そのまま同じ名前でパリのどこかの場末で営業していそうだ。
武林無想庵はやはり奥さんやお嬢さんとパリを転々とアパートを変えたがこれもその実アパートと言うのはホテルのことなのである。ベッドの下からいきなりトランクを引っ張り出してアルコールランプを取り出しそれで飯を炊くのである。これが当時のそういう階級の日本人のパリでの生活のやり方だった。

金子光晴もホテル暮らしだった。ホテルを引き払ってどこかに出稼ぎに行って戻ってきて同じホテルの2階上に入ると、今まで見慣れた向かいの馬肉屋の馬のトルソーがはるか下に見渡せ朝日にキラキラ光っていると言うことを書いている。さすが詩人である。これなども旅情があって良い。

ブレッソンのアパートは訪問したことがないが、リーヴォリ通りを見渡す最上階でブルジョアっぽいがそんなに広いようではなさそうだ。
ただしインタビューなどでブレッソンの室内を見ているといわゆる新建築なので何となく安っぽい。私が実際に知っているのはジャックラルテイグのアパートメントであった。彼は大富豪であるがパリのアパートメントは私が今住んでいる佃の寓居などより狭いというのが何か皮肉でもある。

私の数少ないパリジャンの家庭の訪問で1番大きかったのはフランスの科学コンツェルンの会長の家であった。これは16区アベニューフォッシュと言うとこにあって外見は地味な建物だが中は宮殿のようであった。そこでランチをご馳走になったが黒いメイド服を着たメイドさんがサーブしてくれてその食卓のテーブルの長さが10メートル以上あるのだ。化学コンツェルンの会長ははるか遠く霞の彼方に見えるようであった。

こういうのは例外中の例外としても一般的にパリジャンはパリ市内城壁の内側に住んでいる人はこせこせと狭苦しい長屋めいたところに住んでいるのはいい感じだ。

話を戻すとシャルル・ドゴール空港からパリの北駅に向かうのであるが2年前までは確か12ユーロちょっととかした。それが今回は10ユーロポッキリである。世界の交通機関で値段が下がると言うのは最近のメトロもそうかもしれないが、これは東京のことだが、いずれにしても珍しい例である。

ところがチケットのオートマットのシステムが変わっていてびっくりした。この最新鋭のマシンはお札を受け付けないのである。受け付けるのはコインとそれからクレジットカードだけだ。ドイツの券売機はお札を受け付けないでコインだけ受け付けるところが結構ある。

最初に券売機で言葉を選ぶことができて英語ドイツ語フランス語イタリア語スペイン語などがある。まだ日本語は入っていない。私が買おうとした券売機は前にそこに立っていたのがドイツ人で新しくドイツ語になっていた。つまりドイツのツーリストはやり方がわからなくてそのまま撤退したのである。アドルフヒトラーと同じでだらしのない奴である。

私もパリに入場しながら市内までいけないのはしゃくである。いちどは野々宮のようにパリ市内まで50ユーロのお金を払ってタクシーで行こうかと思ったが、私は1人だしラゲッジの重さは13キロしかないのでそれしゃくである。フランス国鉄の案内に聞いたら何の事は無い。隣の窓口で買えと言われた。その窓口で買ったのがこのチケットである。

フランス政府観光局はツーリストの招致には非常に力を入れているが空港から電車に乗るときに間違えて北の方、イールドフランスの奥地、つまりパリと反対側に行ってしまうアメリカ人が多い。つまりパリのアメリカ人と言うやつだ。数年前にようやくこっちがパリと言う案内矢印ができたこれは大進化である。

それでも私は用心深いから、拙いフランス語で
エクスクザモア、、あ、パリ?
と聞いたら素敵なパリジェンヌがイエスと答えてくれた。
英国がEUを脱退しようと言うのでパリはそれを引き留めにかかっているから簡単な英語が通じるようである。

約40分ほど真っ暗な車窓からなんて寂しい世界の果てのようなところに来たのであろう。この先にほんとに華のパリがあるのであろうかと私は疑問に思っていた。

パリの北駅に着いて荷物を転がしてホテルに行くのにも周囲が暗いのである。まぁ旅行のはじめと言うのはそんなものだ。

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