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2017年3月21日 (火)

CT70計画 雪のザルツブルグ

Img_2175

CT70計画
6月10日土曜日の午後5時から四谷のJALシティーホテルであたしの写真家生活50周年のイベントである。

大昔に日大写真学科の渡辺義夫先生が、これはやはり写真家生活半世紀であったと思われるが、そのパーティーを帝国ホテルの大広間で開いた。
われわれは皆まだひよっこであるからいっか所に若い連中は固まっていた。

そのひよっこのメンバーが篠山紀信さんとか大倉瞬ニさんとかさらにくだって、あたしなのだからいかに大昔であるかがわかる。
その会費の30,000円の調達は苦労体験だった。
これは当時の日本写真家協会の年会費とほぼ同じなのである。

地球が何十回か空回りして、今度は私の番になったと言うわけだが、こっちの方は会費は安いので皆さんおいでいただきたい。
といっても定員は40名様なのである。そこで特製の写真集をお土産で差し上げると言う仕組みである。
そのプリントは私が注目している写真家加納満さんが担当してくれる。だから私のプリントよりずっときれいなはずである。これも楽しみだ。

これは1,970年代半ばに撮影されたと思われる、ザルツブルグの雪景色だ。
真ん中の山がザルツブルグのお城であって、私が立っているとこはホーヘンザルツブルグと言うお城でそこにザルツブルグカレッジがあった。
映画サウンドオブミュージックの撮影の舞台になった場所であるが私は映画は見たことがない。

ザルツブルグの旧市街からザルツブルグカレッジに来るのに地上の道を通ると結構遠回りなのである。それで私は若かったからザルツブルグの旧市街つまりゲトライデマルクトから祝典歌劇場の脇の急な坂をお城の上まで登るのである。
そこから急な石段を下で降りた平原がここと言うわけだ。

一面の雪景色というのが私には非常に珍しくてほんとにこんなところにいたのだろうかと、未だに半信半疑である。しかもそこにステッキをついたいかにも映画の主役級のしとがこちらに向かって歩いて来るである。

写真と言うのは夢を定着したものでは無いかと本気で考えてしまう。

でも当時使っていたカメラはソ連製のコンタックスであるキエフと、ソ連製のオリオンと言う名前の28ミリの広角レンズであった。
後年、ザルツブルグカレッジで日本からやってきた吉村朗が興味を示したので彼の持っていたミノルタと キエフを交換したこともあった。
吉村はそのキエフで彼の優れた1連の作品を撮影したのも記憶に残る次第である。


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