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2017年2月11日 (土)

ズノーレンズの値段

Img_1820 Img_1824 Facebookでメンバー10人ぐらいの小規模な小型映画の研究会をやっている。その名前をダブルエイトをドアストッパーにしないための市民の会と言うのである。 スーパーエイトは面白くない。ダブルエイトが面白いと言うのがこの研究会のメインテーマである。それで黎明期のダブルエイトの研究をしているのである。 まぁ研究といっても大した事は無い。どのような撮影スタイルがかっこいいのかとか、撮影に行くときにどのようなバックに入れたらいいのかと言うような低次元な、しかし同時に写真術の本質をついているようなところをやり取りしているのである。主に東京都ニューヨークのマンハッタンでメンバーがトークしあっている。 マンハッタンの怪人チョーセイさんはもともとプロフェッショナルなフイルムのディレクターである。それでつい最近デジタルムービーのレッドを投げ捨てて、ダブルエイトに「グレードアップ」したサムライである。 そうなると使いたいレンズは日本の黎明期の帝国光学のズノーレンズである。 チョーセイさんの研究によればこの13ミリの明るさがF1・1のレンズは素晴らしい。ところがフランジバックの関係で残念なことにこのズノーのレンズは初期のエルモには着くが彼が愛用しているボレックスのダブルエイトにはつかないのである。 彼は本物のプロフェッショナルであるからアマチュアが使っていたダブルエイトでもちゃんとレフレックスファインダーで構図とピントが見れなければだめだと言うのだ。 無い物ねだりですね。 頭脳のレンズは1部の好事家が法外な値段をつけているが1,950年代後半に一体どのくらいの値段がしたのかが気なるところであった。 昨日我楽多屋さんにガラクタやニュースを取材に行った時に、資料として二代目さんが提供してくれたのが1957年発行のフォトワードの別冊の小型映画の雑誌である。 こーゆー考古学資料が貴重なのはコンテンツの中で特に当時のメーカーの広告が出ている点にある。 ズノーのレンズの広告が出ていた。 ご覧になると分かるように実に高い。 びっくりするほど高額だ。 1957年と言うと私は10歳の時であるが、当時の勤労者の月収は1万3,800円であった。そういう流行歌があったのだ。それからすると1番安い頭脳の13ミリのダブルゲート用のてもほぼ月収に等しいのである。 小学校の運動会の時などに8ミリカメラを持ってくるお父さんはお金持ちのお父さんであると言うふうに相場が決まっていた。 頭脳に関しては以前いろいろ調べたことがあるがその1ページの広告に出ていた本社の所在地が東京は中野区の大和町と言うところであるのも思い出して懐かしかった。

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  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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