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2017年2月17日 (金)

吉田大朋さん

Img_1854
吉田大朋さんが昇天した。82歳だった。

日大写真学科の学生の頃に我々の間で流行していた言葉が売れっ子ファッションカメラマンと言うものだった。もちろんこれには独特の批判的な意味合いもあるのだが、掛け値なしでファッションフォトグラファーとして尊敬していたのが吉田大朋さんであった。

何しろ5月革命が潰えた後のパリが舞台なのである。
当時の日本のパリとの距離はそれほどに遠かった。だからファッション写真と言うのも今のようなユニクロの安売りのカタロムと言う意味合いではなく憧れの未来に向かってまなざしを高く上げると言うような意味合いが非常に強かった。

そういう状況の中で70年代に吉田大朋さんな本場パリでファッション写真を撮影していたと言う事は当時学生の我々から見ると人類が月に行ったと言うよりももっとスーパーなことなのであった。

売れっ子ファッションフォトグラファーがまだパリに行っていた時より数年前だったと思う。六本木とか赤坂とかそういうマンションに吉田大朋さんの事務所があってそこのアシスタントが我々の友人なのであった。

それで先生がいない間に事務所に押し掛けて先生の機材を見せてもらったりした。そのアシスタントさんが話してくれた中で1番シンボリックだったのは、先生は街中を歩いていてどこであってもいきなりアシスタントさんにおい!ー1,200ミリを出せと言うのだそうである。1,200ミリと言うのは東京オリンピックの開会式でも使われたあのニッコール1,200ミリ、それで明るさがF11と言うものであった。

私も物好きで同じレンズを持っていたがそれを常に持ち歩いてアシスタントに請求するというのはこれは写真家の中でも尋常な視神経と言うものではない。それで吉田大朋さんを信用する気になったのである。

本物の吉田大朋さんに初めて会ったのは石原逸郎さんのツアイトフォトサロンであったと思う。ちょうどパリの写真集がされたばかりでそこで購入した。

吉田大朋さん父は上機嫌でその刷り立ての写真集にサインをしてくださった。この写真家の視神経の凄いところは85ミリと135ミリのレンズの使い分けがちゃんとできていることで、その視神経はほぼ完璧に近いと言う点である。
私などは広角レンズでいい加減に撮影する方だから確かな視神経が構築されているなと思ってそれも尊敬のうちの1つの要因になっていた。

東京をテーマにしたシリーズもたくさん出されているが、いつだったかある有名な東京をテーマにした月刊雑誌でそこに吉田大朋さんは企画を売り込んできたと話しておられた。ところが編集部にしてみるとそーゆー巨匠が頭ごなしに企画を持ち出して全部自分でやるというのはこれは面白くないことであろう。

それでその企画は実現しなかったようであった。

言い方を変えれば吉田大朋さんが大活躍なさっていた時代つまり60年代後半から70年代初めにかけてはスーパースターが何でも自分で自由にできるという時代であった。

それが80年代になってから編集作業と言うのは全て分業化になってしまったのである。

3月の終わりのパリ訪問に際して私は吉田大朋さんのパリの写真集を見ておこうと思う。

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