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2017年1月28日 (土)

オズのコンタックス

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佃島から深川経由で両国方向に歩いて行くと普通の街角に小津 安二郎の生まれた家であると言う石碑が立っている。

そのことがずっと気になっていたのだが私は小津 安二郎の映画をリアルタイムで見た事は無い。小津 安二郎は監督作品の中でカラー作品と言うのは1本しかないから、当時の観客はこのモノクロームの作品を見て感動し涙を流していたわけである。

今にして思うと当時の映画というのはなかなかアカデミックであり知的で情緒的だったということが今にしてわかる。

Facebookで昔の小型映画の撮影機テーマにしたのを遊びでやっている。
そのタイトルがかなり変わっていて、「ダブルエイトをドアストッパーにしないための市民の会」と言うのである。それに参加したのはマンハッタン在住のフイルムディレクター船原長生さんであった。

その船原さんがメンションしてくれたのがこの小津 安二郎がコンタックスを構えてどっかの旅館の鏡を覗き込んでいるというショットだった。

有名映画監督のセルフポートレートと言う意味でも非常に面白いが、これはコンタックスの3aなのである。不思議なのは小津 安二郎は鏡の中を覗き込んでいるがシャッターは押していないのである。それが不思議な浮遊感があるのだがこれはセルフタイマーでの撮影なのであろう。

コンタックスについているのは標準レンズだがどうもゾナーの5センチのef 1.5のように思われる。大映画監督であるからそのぐらいの高いレンズを買うのはもちろん何の問題もなかったに違いない。

小津 安二郎の生涯はエキセントリックであって人生の悲劇と言うよりも、人生に深く祝福されているように思えるのは12月12日の誕生日が同じく昇天日であったことだ。

60歳の還暦のその日に亡くなっているのである。

なくなったのは1963年であるからこのコンタックスはその数年前と言う感じで既にやや時代遅れのカメラになっていたようである。そこがまたいい感じだ。

それでその当時のツアイスのコンタックスとそれのコピーカメラであるニコンが当時どのような状況かにあったかを思い出すに面白いことがある。

地方の資産家であればまずライカがコンタックスを写真の趣味のトップに据えてそれを揃えるのであるが、ライカが一般的であってコンタックスの方がもうちょっとだけひねったというかハイブローなカメラ人類連中が手にしたものというふうに考えることができる。

実際にそのような人を私は知っていたが持っているカメラは 小津 安二郎と同じ露出型付きののコンタックスでもう1台はニコンのレンジファインダーカメラをもっていた。

それでその使い分けなのであるが、晴れた日には世界最高級のコンタックスカメラを使って雨の日にはコンタックスがもったいないから国産のレンジファインダーを使うと言うのである。

いかにもお金持ちのやりそうなイヤミなカメラの使い分けてあるが、これは当時の誰にでも許されるようなカメラ選びではなかった。

映画監督の鏡の中に向かってのセルフポートレートで有名なのは、スタンリーキューブリックが多分戦前に撮ったと思われるライカを手にしたセルフポートレートである。こちらの方はキューブリックはちゃんとシャッターボタンに指をかけているのである。

写真家の方でセルフポートレートで国際的に1番有名なのはリーフリードランダーがデビューした当時に自費出版した写真集「セルフポートレート」であろう。ここには古いライカM2が写っている。

木村伊兵衛もセルフポートレートが残っている。これが60年代初めにドイツのWETZLERに取材で行った時のものらしくて、初めて手にした最初のライカフレックスを持ってホテルの鏡の中を覗き込んでいる。

私も後年WETZLERに取材に行った時、木村が宿泊していた当時、もともと小さい町だから外国人の泊まるようないわゆる「高級ホテル」は1つしかなかった。
それはホテルWETZLER HOFと言うのである。そこで木村伊兵衛を偲んで私もライカを持ってバスルームの鏡の中を覗き込んだこともあった。

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