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2017年1月14日 (土)

ライカマイライフの表紙の候補だった街角

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「ライカマイライフ」と言うのは3年前に出した私のライカに関する遺書のようなものである。 その中で尊敬する沢木耕太郎さんとの対談が非常に重要なポイントでもあった。その時のことを思い出すに私はひどい熱であれば2月の頃だったと思うが、時間通り山の上ホテルに行って沢木さんと対談してそのことを覚えているのだが、さてどうやって佃の家に帰ったのかも記憶にない。 大変の熱が出てるときに自分の意思だけが私を山の上ホテルに運ばせたと言う感じだ。今でもよく覚えているのは沢木さんは10分ほど遅れてこられて、いきなりそこで対談が始まったのである。対談そのものは1時間45分ほどであったろうか。 担当編集の人がコーヒーにしますか紅茶にしてますかなどと聞く時間のゆとりもなかった。だから沢木さんは水を飲みつつ1時間数10分を話して対談が終わるとそのまま風のように去っていった。実にかっこよかった。 ウイーンで巨匠リヒターのオルガンコンサートを聴いた時はそうであってリヒターは舞台上に登場とすると何の衒いもなくいきなり演奏が始まるのだ。まったくあれと同じなのである。 そのライカマイライフの表紙というのは全部で3つのパターンがあって結局市販されたのはあの表紙なのだが、ここに掲載するショットというのはこの間winに行った時にwinの南の街外れて電車の中から見てあーそうだここが第二候補の表紙のショットであったなと言うことに思いついた。 私が好きなのは町外れの光景なのである。 かつてのwinの旧市街でそういうところがなぜ面白いのかというのを、一種の波に例えるのならば町外れというのは都会の文化の波打ち際なのである。 現代のwinはそれどころではなくてかつての旧市街の周囲にさらに新しい街がどんどんできているからこれを説明するならば、1,950年代までのwinの街の限界線にノスタルジーを感じたと言うのが正しい。 外側に広がった新市街が最後にここまで力を伸ばしてその南はwinの野原なのだ。

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