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2017年1月25日 (水)

中野打越

Pa100058

稲垣足穂の研究ではないが東京で彼が移動した住居をプロットしてずっと勉強している。それはこの数十年にwわたるの私の追跡ゲームなのである。 足穂が神楽坂を追いたてられて大空襲にあって戦後になって住んだところの一つが中野打越と言うところであった。 それは資料で知ったのだが私はそれがどこであるか全く見当がつかなかった。 戦後の居住区の名前改革と言うのは単に機械的に所番地が振り当てされるだけなので、昔からの伝統ある名前は全て抹殺されてしまったわけである。 私の個人的なカメラマガジン、カメラジャーナルと言うのは1990年代から10年ほど継続した1人カメラ雑誌といっても…最初は8ページほどのものでヨドバシカメラに平積みに置かれていたのである。 それを皆さんはヨドバシのポイントで買ってくれたりした。そのカメラジャーナルの編集部というのが中野駅から歩いて15分か20分位の結構不便な場所にあった。 そのカメラジャーナルが存在した時期が既に10数年の昔になって、私はノスタルジーと言うわけでもないがこの界隈を徘徊していた。 そこに町内会の掲示板に懐かしい文字すなわち中野打越を発見した時は嬉しかった。 編集者がそのアパートの2階も三畳だかに訪ねて行くと足穂は骨と皮ばかりになった手をを火鉢で炙ったりしていたのだそうである。 後に足穂を京都に引き取ることになる彼の再婚の奥さんもその打越の二階を訪問している。 そういう私にとって歴史的な事実が解明されたと言うのがひとえに昔の古い街の名前の町内会が残っているからである。文豪ギョエテの生家などより私には重要だ。 昭和20年代のこの界隈の風景を想像するのはすでに非常に困難であるが、そのルートを発見できたことが非常に嬉しかった。 私の想像の中の稲垣樽ほうは相変わらずこの界隈をモク拾い、つまりタバコの吸い殻を探して徘徊しているわけである。 彼こそ本物のホーボーである。

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  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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