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2016年11月12日 (土)

東京芸大のシュタイドル講演会と大浦食堂の豆腐バ(ライ)タ焼き

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ロバートフランクの1連の写真集で知られるドイツはゲッチンゲンの出版社ゲルハルト シュタイドル氏が来日して1連の活動を行っている。

11/10に東京芸術大学でその講演会があったので行くつもりであったが急用で行けなくなった。
ただシュタイドルの話が聞けないというのはそれほどダメージではない。
1985に憧れのロバートフランクにあったのだからその出版社のトップに会うと言う事はそんなに重要ではないのだ。

それよりも私が懐かしく思ったのはその講演会を聞く前に東京芸大の大浦食堂で名物の豆腐のバター焼き+もやしの定食を食べることにあった。

家人が芸大生であったころ初めてここで芸大名物のこの定食を食べた。
芸大の食堂には音楽学部にキャッスルがあり、美術学部の方には大浦食堂がある。
キャッスルは洋食であって大浦食堂は和食が基本であった。

その当時食堂は私の写真集「東京ニコン日記」にも掲載されている。この2つの食堂が当時は木造平屋建であったが何しろそれから50年が経過しているのだからモダンになったようだ。
芸大の秋の芸術祭と言うと私には思い出があって1969年私の個展TODAY TOKYOのハガキの一節が芸術祭のパンフレットに1部が引用されていたこと。
「田中長徳氏に答えて、あなたもトライXですか?ーーーというのである。

当時は若手写真家の騎手が高梨豊さん、中平卓馬さんだった。そういう時代であった。

それから半世紀が経過してドイツの出版社の出版者がロバートフランクの写真を新聞用紙に印刷してここに展示すると言うプロジェクトなのである。
言い換えれば私にとって半世紀前の大浦食堂の豆腐バタ焼き焼きとフランク作品はパラレルになっている。
まぁ豆腐とバライタペーパーの間には似ているところもある。

所用で実際にはいけなかったのだが、我が組織のアノニマス諜報メンバーに当日の様子をレポートしてもらった。
シュタイドル氏はなにか疲れているようで、翌日11日から開始される新聞紙に印刷したフランクの作品については何もその講演会では語らなかった。
自分の写真集のビジネスについて語ったそうである。

中央に演壇。
それが木製なので非常にクラシックな感じがした。
第一印象はニュルンベルグ裁判の軍事法廷のような感じなのである。言い方を変えれば浅沼稲次郎が暗殺されたときの舞台にも似ている。
最近のトークは肩のこらない舞台構成でやるのが普通だからそれが写真で見ていたら古めかしく感じた。

豆腐のバライタ焼きのことであるが50年前は確か200円をちょっと超えた位の価格だった記憶がある。今の値段を調べたらこれが480円するのだ。物価の上昇率としてはこれが適正であるのかそれとも安いのかよくわからない。

今回の展覧会のメインのプロジェクトになっているフランクの印刷物の展示の件であるが、これは南ドイツ新聞社から提供された新聞用紙に印刷してあるそうだ。そしてそれが会期が終わった後にパフォーマンスで破棄されるのだそうである。

1つ不思議なのはシュタイドルの「印刷物は死なず」と言うテーマで講演をしたのにもかかわらず最終的には自分が印刷物を抹殺してしまうというのが矛盾しているように思われる。

ロバートフランクのアメリカ人 が1,950年代後半に出版された時はアメリカでは出版する会社がなくフランスでそれが出された。その出版半世紀の記念本をドイツで出版と言うのも今昔の感じがして面白い。
フランクは出版社に対してイントロダクションは一切つけないと言うふうに言ってきたそうだが、その翌日に言葉を翻して後世の人がイントロダクションがないとなぜこの本ができたのか理解に苦しむであろうからやはりイントロダクションをつけ加えると言ったそうだ。

それで思い出すのは私の写真集1万円の重さ2.5キログラムの「ウイーンモノクロームセブンティーズ 」である。あれは最初からイントロダクションは入れなかった。それぞれごく短いキャプションを4カ国語で入れた。それは日本語英語ドイツ語中国語であった。

ロバートフランクには教育者の親切がある。


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