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2016年11月 8日 (火)

旗の台の紅衛兵

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昨年の11月はリスボンで撮影をしていたが、その前にリスボンの山や坂に慣れるために私は大田区の東雪谷あたりの山や谷を登ったり降ったりして訓練をしていた。 あれから1年が経過してその界隈が全くご無沙汰になってしまったのである。それで土地勘を取り戻すために大田区のそちら方面に行った。昨年の今頃は頭の中で東急線の地図が浮かんでいたのであったが1年たったらすっかり白い紙になっている。 旗の台の駅で池上線に乗り変えて御岳山方面に行くので待っていたら目の前がいきなりざわざわしてきた。私が見間違ったのはそれは1960年後半当時のあの有名な文化大革命の紅衛兵の姿であった。 なんでそう見間違ったのかはわからない。これは1種のイリュージョンなのであるが私がベンチに座っているときに目の前に数百人の紅衛兵が通過したように思えたのだ。その理由は彼らの着ている軍服、いや制服がそれを助長させたのかもしれない。 1,980年代の後半には北京の周辺の忘れられたような街角に「偉大的文化大革命万歳!」と言うほとんど擦り切れたスローガンがレンガの塀にまだ残っていたりした。 10年前には河北省あたりの農村でやはりレンガの建物に「毛沢東主席万歳!」のスローガンがこれはややはっきり残っていた。 だからそういう記憶を持っている老人の私が旗の台の駅で制服を着た数100名の東洋人が目の前を通過すると別に赤い小さな本を手にしていなくてもそのように錯覚されるのである。 このような錯覚は以前にもあった。 プラハの早朝のカレル橋の下でカメラを構えて私は撮影のチャンスを狙っていた。そしたらそこに遥か向こうから数十人規模の紅衛兵が列を組んでやってきたのだ。 おや文化大革命はまだ終わっていないのかと本気で考えた。近くに来て分かった事はそれは同じ極東のさらにもっと遠い島国から来た旅行団なのである。 その軍旗にはHIS と読めたのである。

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