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2016年11月10日 (木)

11/12ギャリートーク プラハが天空の光を失う午後4時

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プラハもすでにヨーロッパの冬時間になった。

プラハのローカルタイムの午後4時と言うのは、空から光が一斉に消えてすべてのものがモノクロームの闇の中に新しくその姿を構築すると言う時刻である。

だから私にとってはそこが昼と夜との分岐点でさこれからいっぱい飲もうかと言うのでそこら辺のバーのドアを押したりする。
私は清教徒ではないから酒を飲む時間は関係ないのだがやはり写真家と言う仕事をしている関係上午後4時を過ぎないとハッピーアワーにはならない。

今週末の12日の午後7時から私のプラハのトークの2回目が開催される。前回の続編として実際40年近く暮らしたプラハの最後、つまりビロード革命から四半世紀が経過した2016年11月半ばのプラハのビロード革命四半世紀のセレモニーその日のことを話したいと思う。
11月のプラハであるからやはり午後4時には昼と夜の境界線をプラハを乗せた地球がぐるりと回って夜の領域になった。

この散歩する小型犬と女性の作品は私が個展をするその前の個展の女性写真家が購入してくれた。ありがたい次第である。
というのもこのプラハに十年暮らした女性写真家はプラハの写真を撮ってやろうと振りかぶって街を歩いていたのではなくて、ワンちゃんとの散歩の積み重ねが10年間堆積してそこに素晴らしい作品が生まれたということになる。
そういう出会いというのはなかなか素敵なことだと思う。

私の場合は状況はそうではなくて何しろ今回プラハの5人の写真家の中ではすでに亡くなったプラハの哲学者とまだ生きている私がただ2人がビロード革命のを大脳記憶に保持している人間なのである。
他の3人の写真家はいずれもプラハの赤い時代を知らないのだ。

プラハがかつて社会主義だったという事は今や学校の教科書で教わりましたと言う人がどんどん増えているような時代なのである。

昨年の6月に依頼されて私のエッセイの最終§、新潮に連載した「屋根裏プラハ」をまとめるためにこの1月にギャラリーバウハウス等での撮影などと同時に取材に行ったのだった。

その時の時系列的なことを元にしてプラハ最終エッセイを書こうと思う。
そのタイトルを「プラハ遁走曲」と言う 。

私のプラハ脱出記録である。

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