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2016年10月21日 (金)

ロバートフランクの不可解

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物心がついて以来ずっと好きだったロバートフランクであるが私の価値観に異変が起きている。世界50カ国の巡回展の話が以前からあって11月に東京芸大でその展覧会が開催される。
日本での開催は第10番目だそうだ。

私がえた情報は何かの業界紙のプレスレリースであろうが不可解なことが書いてある。それを説明するにはゆうに本を1冊書かなければならない位のバックグランドがあるのだが、今日ギャラリーバウハウスの初日にそのことをぜひメモしておきたいと思った。

フランクに対する不可解な点を最初に上げてしまえば、写真集を出版したドイツのゲッチンゲンにあるシュタイドルとの共同作業のようであるが、東京芸大でシュタイドルのワークショップを開催すると言うのである。それは大いに結構なことだ。

簡単に説明してしまえばフランクの作品はアメリカの美術館などで8000万円の値が付いていて、それを海外に出さないようにしているとその解説にはある。
これはばかばかしい話だ。
たかだか8,000万円の価格のプリントを海外に貸し出さないほどアメリカのミュージアムのディレクションは馬鹿ではなかろう。

同じ20世紀の新人アーティストのパブロピカソの場合はその何十倍何百倍もするが平気で海外に貸し出されている。

ゲッチンゲンの出版社シュタイドルはフランクとタイアップしてたくさんの写真集を出している。それでミュージアムのプリントが高くなりすぎたことへの反発として、南ドイツ新聞社から用紙を提供してもらい、それを印刷したものを期間限定で世界中で展示するのだそうである。

その理由は教育的な見地からであると言う。確かに筋は通りそうだ。

そこまでは非常にけっこうな話だが私が愕然としたのはその展示した印刷物を最後に地元のアーティストがパフォーマンスで破壊するのだそうである。

スイス出身の典型的なユダヤ人の名前であるロバートフランク(彼は50代の頃そのように英文で書かれたTシャツを着てうれしそうにしていた)はまさか大戦中の第3帝国ナチスドイツの焚書を知らないはずはあるまい。

複製技術時代の先鞭をつけたワルターベンヤミンはナチスドイツから逃れてスペインに脱出する際に国境で亡くなっている。そういうバックグラウンドのあるワルターベンヤミンにも申し訳がないということにならないか。

ここでトリッキーなのはシュタイドルは印刷媒体、つまり複製技術を扱っている出版社であるという点だ。
複製技術の印刷物を展示の最後に抹殺すること。
これが私の視点から見れば「焚書」なのである。

フランクの今回の1連の展示の事はもちろんフランク自身の意思によるものではあろうがそのアイディアが出たのは周囲からではなかろうか。

なぜならば10年前の英国の放送局の彼の80歳のときのインタビューでフランクは自分がコンセプトで写真を撮ったことが1度もない。コンセプトのある写真が嫌いだと自ら語っている。

展示した作品をこれは印刷物であるにせよ最後に焚書にしてしまうのはコンセプトそのものではないのか。
フランクの十一月は偉大な謎だ。

それについてすぐ私の脳裏に浮かぶのは環境芸術家クリストのことである。
クリストは各方面から資金援助を受けているがその作品をギャラリストの手に渡さないために、全て展示作品を破棄しているのである。
これはクリストの仕事がアイディアと記録だけで後に残らないということそのものが基本的コンセプトになっているからだ。それは正しいと思う。

11月の24日の東京の上野でフランクの作品がどのように破壊されるのか。それには興味あるが今までのフランクの全体の仕事の流れからするとこれはフランク自身のバックグラウンドを全て否定してしまうことになりそうで、私はそのことを心配している。

今日は金曜日だ。
明日の土曜日にギャラリーバウハウスで午後7時から私のトークがあるのでその話もじっくりお話ししようと思っている。

ワルターベンヤミンの影を我々は引きずっているわけだ。

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