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2016年10月12日 (水)

ペトリ街

Pa050119
Pa050120ペトリカメラという戦後から70年代にかけてほとんど輸出用で外貨稼ぎに活躍した普及用のカメラがあった。その工場がずっと足立区の梅田町にあったのでそのあとを訪ねたくなった。
西欧の物好きがウォータールーの古戦場を訪ねるようなものである。
ペトリカメラ研究会というのでは名前が面白くないのでニッポンペトリ党と名付けた。こうすると何か憲法改正をしたがる結社のような感じがしてなかなかよろしい。

古い資料で調べるとペトリカメラの本社と工場は東武線の梅島駅のそばにあったようだ。おそらく今マンションが延々と線路沿いに立っているが、そこが工場の跡地であったのではないかと推測している。

手元にはたくさんのフィルムカメラがあるからわざわざペトリカメラを使う必要がないのであるがそれは考古学的な見地から現地調査をするときにはやはりペトリカメラを持参するのが礼儀というものだ。
この界隈はなかなか下町の濃度が高くてよいのであるが、面白いのは区画整理の影響がここにも出ているという点だ。
この近くの鐘淵にしてもそうであるが計画の時に役人がまっすぐ新しい道路の線を定規でひいてしまったものらしく、従来の庶民のミチとはそれが120度ぐらい交差しているのである。
だから梅島もそうだし鐘淵もそうであるが、後で作られた道に対して従来の道はみんな斜めになっているのである。この斜めの角度が何かレンズの光学設計とかあるいはペトリカメラの鋭角なペンタプリズムの角度を想い出させていいカンジだ。
街角が斜めになっているのはそこに都市のダイナミズムがあるのパリの都市計画でも明白な事実である。

それがなにかわからない店舗の出窓のガラス窓にきいろいばらの造花だから生花ダカわからないない、それが一瞬私の視神経を横切った。反射的にシャッターを押したが後で考えてみるとイエローというのはペトリカメラのシンボルカラなのである。
だからこの界隈にはペトリカメラの妖精がまだ飛び交っているのであろう。


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