フォト

オンラインギャラリー

バナー

無料ブログはココログ

チョートクカメラ塾ブログ

Chotokuぶらり パチ塾

« プラハ 敷石の博物学 | トップページ | 天にのぼるような階段 »

2016年10月 9日 (日)

足立区関原3丁目のメッサーシュミット

Pa050158Pa050157_2

メッサーシュミットというドイツの戦闘機があることは知っていたがメッサーシュミットの200ccのまるででんでん虫の顔のような形の超小型バブルカーが同じ会社の製品であると言う事は知らなかった。 戦後のドイツのやむを得ず転向した平和産業と言う訳なのである。そこら辺が何かスバルの背景に似ているし戦艦ヤマトのレンジファインダーを作っていたのがニコンに方向変換したと言うのにも似ている。 BMWにもやはりバブルカーがあってこれは私にとって印象深いのはヴェンダースのリスボン物語で疾走した映画監督がリスボンの裏町の空き地でこのBMWの中にヒキコモっているシーンが忘れられないからである。 一方でこの前後タンデム座席のバブルカーには、そのスタイルから見てもあまり引きこもりがしやすいような環境では無い。 この車は私がウイーンに住んでいた当時ではまた現役モデルであって、老夫婦がこの車に前と後ろの2人乗りで走っていたことを思い出す。 似たような車は確か東ヨーロッパのチェコあたりでも生産されていたはずだ。しかしそーゆー大昔のバブル家の記憶が完全に頭の深いとこに格納された後で、足立区関原3丁目の角曲がったらそこにこの黄色いメッサーシュミットが停車していたのである。 この国は動態保存をしたがるのが日本人の常であるがすでにモニュメントとかしているのであるから、動かなくてもかまわない。単にそこにオブジェとして存在しているだけで充分にありがたいのである。 逆にそこら辺をちょこまか走り回られては今どこにいるのかわからないから迷惑である。 関原3丁目商店街の幻の名物に関原3丁目商店街のバイクというのがあった。私はハノイから戻ってこれを商店街で見たので非常に驚いた。 普通の型遅れのラウドスピーカーが前と後ろに付いていてそれで宣伝文句を流しながらあんまり早くない速度で走りまわるのである。 例の寂しいライオンの銅像のある前の道でその広報のオートバイに出会った。 反射的に私は撮影していてそのバイクの後ろ姿を撮影することができた。 ついでにバイクのライダーに話が聞いてみたくなって追いかけたのであるが、60代の私の走る速度とゆっくり走っているそば屋の出前のカブとは所詮速度が違う。 私はどんどん距離をはなされて広報班のバイクはずっとの交番と呉服店の間の道を右折してどっかに行ってしまった。 後で調べてみたらテレビ映画の月光仮面も乗っていたのは本田のカブであったそうな。 以来、五年近く関原3丁目商店街を徘徊しているのが、ラウドスピーカーを前と後に日本斜め刺しにした宣伝用バイクは見かけたことがない。古典芸能の継承者がいなくなるのは寂しいことだ。

« プラハ 敷石の博物学 | トップページ | 天にのぼるような階段 »

ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31