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2016年9月22日 (木)

レニングラード決死隊

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Facebookで新たにソ連製のスプリング式のモータードライブカメラレニングラードの愛好会を作った。単にレーニングラード愛好会では面白くないので、何か社会主義時代のソ連にふさわしい名前を考えようと思ってその団体の名前をレニングラード戦線とした。

スターリングラードもそうだがレニングラードも第二次大戦のときの攻防戦が非常に激しかった。実際にレニングラードつまり今のサンクトペテルブルグを取材に行ったことがあるが、最も激戦の所には巨大な兵士の戦闘モニュメントが作られている。
それは巨大なモニュメントですごい迫力だった。

それでレニングラード戦線である。思いついて佃の家から北に向かって歩き出した。
レニングラードを持っての撮影である。
そうなるとレニングラード戦線なのだから、かなり歳をとった老兵ではあるがそのミッションはレニングラード決死隊と言うことになる。

戦闘能力はかなり劣っているのは間違いがないが、何しろもうすぐ死ぬ体であるから死ぬことが怖くない。そこが決死隊の士気盛んなところである。

深川に出て富岡八幡宮から数ブロック東側の角を延々と北に向かって歩いた。これは非常にまっすぐ 北に向く通りなのであるが面白いことにコンビニとか食堂とかが一切ない。
商業と言うのは事前にマーケットをチェックして人がいないところには作らないというのがルールなのである。

それで通りに見るのは普通の住居とか小さな工場であって時々運河の上を立派な鉄の橋がかかっている。
思いがけなく地理学者も間宮林蔵のお墓に出くわした。それも不思議なのはお寺の境内のお墓ではなくて普通の家のサイズの敷地にいきなりお墓が立っているのだ。

両国の総武線のガードの下も潜ったがやはり食堂もコンビニも何もないのである。
そのままさらに延々と歩き続けた。撮影をしているから速度は速くは無い。佃を出てから3時間後に東京スカイツリーに出くわした。

東京は便利な所だというのは実は幻想であってルートを選ぶとほんとに途中で倒れそうな状況になるのである。
だからこれこそがレーニングラード決死隊の本領ということになる。

さらに歩行してスカイツリーの脇にある私がいつも暗室を借りているアウラしゃまで行って、今日は休みなのでそこの椅子に座って休憩して帰ってきた。

もちろん帰りはメトロ使った。

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