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2016年9月 4日 (日)

ペトリの広告塔と電線工事

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ペトリというカメラがあった。初心者向きのラインナップなのであるが、なかなか渋い35ミリ一眼レフととかコンパクトの35ミリカメラを製造していた。

当時、私も若かったから写真を始めた頃はペトリカメラをバカにしていたのであった。ライカやニコンをを使っているとペトリなどは最初から頭にはいらない。
ペトリの良さを初めて知ったのは30代も後半になってからである。
最初の一眼レフを中古屋さんで買ってファインダーを覗いてびっくりした。ファインダーの視野の下側にカメラの名前がちゃんと見えるようになっている。
そういうカメラは他には無い。

ペトリというブランドは写真撮影の面白さを知るようになってようやくわかるのである。だからペトリを馬鹿にする人はどうもカメラの本質が分かっていないようなところがある。

ペトリが最初に自分が手に入れたカメラであるというのは、私の周りに非常に多い。ニコンの2分の1位の値段で買えたのである。
秋山庄太郎さんが当時のこのカメラの広告に出ていらした。
また若い秋山さんである。そのコメントを見ると3万円位でこういうカメラができたのはまったく大したものだというようなことを言っていらっしゃる。。まさにその通りであって当時一眼レフと言うのは大変な価格であったのだ。

東京を撮影しているときに私の記憶に残っているのは新宿の東口の都電の終点にある巨大なこのカメラの広告塔であった。

写真を整理したらそれが出てきた。そのショットがこれなのだが私がスナップしたのは上海雑技団のような電線で空中にぶら下がってるお兄さんのほうに興味があったのだ。その背景にこのカメラの広告塔がたまたま写り込んでいたのである。

ペトリカメラ党というのが今設立されるであろう。
やはり総裁はアローカメラ二代目になるであろう。彼は昔からこのカメラこのブランドに対する信頼が非常に高い。
幹事長を選出するなら私がダークルームを借りているヒットオンの社長の林先輩がそうだ。林先輩は私の日大写真学科の先輩という意味であるが、最初に手にに入れたのがペトリnの一眼レフであったそうだ。
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