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2016年9月 1日 (木)

北鎌倉 澁澤龍彦 邸 1969

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日本読書というのは60年代になかなか人気の左翼系の図書新聞だった。
記者の人と一緒に私は駆け出しのカメラマンで出かけていった。

初めて人物写真を撮影したのもこのときの貴重な体験である。
おかげで60年代の貴重な文化人の風貌に接することができた。

北鎌倉の澁澤龍彦さんの仕事場にお伺いした。当時は澁澤龍彦の作品はそんなに読んでいなかったらこの訪問で澁澤龍彦カラーが私についてしまったのだ。

インタビューが非常に長くなってしまったので一泊とめていただいた。偉大なフランス文学者はなかなか客あしらいの上手い人で我々にウイスキーをすめてくれた。
それでいい気持ちになったが、ご本人がウイスキーを飲んだのかどうかはよく記憶していない。

三島由紀夫とも親交のあった澁澤龍彦であるが、三島と澁澤龍彦には何か共通点がある。
今にして面白いのは初めて訪問した 1,960年代には立派な西洋館に思えたのである。
それから半世紀が経過して今これを眺めてみるとそのインテリはやはり日本人の欧州に対する憧れがそのように出ている。これは批判しているのでなく正しいフランス文学の美学が50年前にここに花開いたということなのだ。

70年代の澁澤の欧州旅行記など読んでいると面白い。三島由紀夫のヨーロッパ旅行もそうであるが当時はクレジットカードのない時代であるから三島はノートブックの最後に所持金の残金を細かく記録しているのである。これなども微笑ましい。

フランス文学の達人は彼の動向を読むとプラハにも来ている。しかかもその訪問先はHISの団体さんが行くような俗な場所なのである。でも大文学者もそういう退屈なヨーロッパ観光しなければならない。この事は今の時代から振り返ってみると何か痛々しい感じがする。

プラハのベルベデーレ宮殿の「歌う噴水」に観光した時、若い編集者の藤岡某にあった記述がある。その人は私がお世話になった出版社の社長の父上にある人であった。


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  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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