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2016年8月21日 (日)

ベルリンの地下鉄の窓の風景

ベルリンの地下鉄の窓の風景Image

東西ベルリンのが一緒になってから四半世紀が経過したので当時の記憶を持っている人がだんだん少なくなってきた。私もベルリンの昔を知っている土地の古老の1人である。

西ベルリンと東ベルリンが複雑に入り混じっている当時は東ベルリンの領域を西ベルリンの地下鉄が通っていることがあった。当然敵対する異なる国であるから西ベルリンの地下鉄はその間は駅をスキップして停車はしない。
窓から見ていると東ドイツの警備兵がプラットホームに立っている 。私はその光景を見るのが好きだった。
フリードリヒシュトラーセから北にに行くいくつかの駅は東の領域なのでメトロが止まらずにいくつか駅を通り越して初めて西ベルリンに入った所で電車が止まるのである。その駅の名前をゲズントブルンネンといった。健康な泉と訳せるから皮肉である。

東西が一緒になってずいぶん時間が経ったが東西ベルリンの時代の地下鉄のことを知っている人は多くは無い。ここはベルリンの中心からほんのちょっと南に下ったところでグレイスドライエクというのである。有り体に言えば1種の荒地であって東西ベルリンの分断している頃は経済が疲弊しているからそうなっているのだと思っていたが、統一された後もここは草ボーボーの荒地である。逆にそこら辺にベルリンの都市開発のゆとりを感じさせる。

ベルリンの壁ができて50周年と言う時に取材に行ったのは数年前のことである。ベルリンのメトロがいたずらが多くてダイヤモンドカッターで窓などにはめちゃめちゃに落書きがされている。そこら辺のモラルはベルリンは結構低いのである。

ベルリン市当局はそれに対抗して面白い手をあみだした。ベルリンのブランデンブルグ門とかそういう有名な歴史的記念物をイラストにしたものをエングレービングしてメトロの窓ガラスに貼ってあるのだ。これだとかなり傷をつけても目立たないのでグッドアイデアである。いたずらの傷をベルリンの歴史的な記念物が吸収してしまうということになる。

例によってこれもライカエムスリーにスーパーアングロン21ミリのf4で撮影した。手元に残っていた数本のモノクロフィルムを持参してそれなりの仕事ができたのが面白い。持参するフィルムは最低限の本数に限る。

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