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2016年7月 6日 (水)

原平さんの金属人類学入門

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赤瀬川原平さんが亡くなってもう随分時が経ったがいまだに私は原平さんの昇天が信じられない。というのは私の日常的なカメラとかモノへの考え方であっちこっちに原平さんが登場するからだ。

対談もずいぶんやらしてもらったし、原平さんの著書に帯を書かせてもらったこともあるし、また私の本仁原平さんが帯を書いてくれたこともある。

20年ほど前にその関係では最も早い時期に出されたのがライカ大図鑑と言うCDであった。それに関連した当時のスタッフの岡野さんが原平さんと私が対談をしている貴重な立体画像を送ってくださった。これを交差法で見ると原平さん生きているのである。

その対談はは蓼科の山荘で行われたことになっているが、東京は恵比寿のどこかの事務所である。立派な庭があるのでそこでやったが、何しろモスキートが多かった。それで対談の中に今年の蓼科はモスキート多いですねなどと言う冗談も出てくるのである。

佃の居室の大テーブルの乱雑は別に気にしない。ヨセフスデクも、マンレイもそして最近ではスティーブ・ジョブズも彼らの仕事場の机はジャングル状態だった。そういう先人の例をそのまま受けてこちらは安心しているのである。

風邪気味なので魔法瓶の麦茶を飲んでいる。その間にその金属光沢を見て思い出したのは最近はめっきりやらなくなったナイコール現像タンクを思い出したことだ。
そこら辺も原平さんの金属人類学入門の教えが生きているわけである。そういうステンレス製の魔法瓶に対抗できるようなカメラと言うのは最近のデジタルカメラには存在しなくてやはり60年以上前に作られたカメラに金属学の本質が露出してしているのである。

1,950年代に作れたと言う35ミリのレンジファインダカメラである。その名前をNovoという。小さなメーカーであったようだがレンズが富岡の3枚構成がついているからこれは悪いはずもない。後のコンタックス用のレンズを日本で制作していたところだからである。しかも私の大好きな3枚構成玉と言うのはなかなか発見できないものだ。

このカメラの仕上げを見ると最近のそんじょそこらのデジタルカメラよりもはるかに高級なのである。

預言者ムハンマド ゲンペイ アカセーゲルの予言がここに成就したことになる。

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