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2016年7月 5日 (火)

インデイギャラリーのちから

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札幌から帰った翌日の午後に7月の10日まで開催している私の写真展を見に四谷のギャラリーニエプスに行った。

場所は四谷3丁目を新宿方面に行ってJAL系のホテルの先を右に曲がったすぐ左というふうに記事に書いてある。
ここに行くのは10年ぶりなのである。
新宿通を角を右に曲がってどこら辺だったのか見当がつかなくてどんどん歩いて行ったら道が行き止まりになってそこから石段になっていた。
これがいつものあたしの東京での道の迷い方なのである。それで新宿通に戻って行ったらなんとギャラリニエプスは新宿通りを入った最初の角にあったのだ。
これが私を驚かせた。インディ系のギャラリーと言うのはレントが安いから大抵表通りから1番遠いところにあると言うのはルールなのである。

エントランスで声をかけてくれた人がエッセイスト漂流者さんであった。彼のエッセイを私は愛読しているのだ。要するに四谷田んぼで道に迷っているところを漂流者さんに助けられた日本昔話と言う感じである。

エントランスは狭くて東京の昭和40年代の香りがした。それがとてもいい感じだった。というのは建物に入るステップのコンクリにコケが生えていたりするのである。これは江戸の風情でもある。

二階にあるギャラリーに行く。広くは無いが意外に思ったのは狭いとは感じなかった。そこに私の1966年の作品が30数点みっしりと展示してあるのだ。

半世紀前、高校3年生から日大写真から1年の時に撮った作品である。まだライカは買っていなくて全部ニコンとオリンパスワイドそしてペンタックスで撮った作品だ。
おや、なかなかプリントが上手いなと思ったがこれは大学の時のプリントではなくて1月前にプリントしたものである。だからプリントの腕はだいぶ良くなっているので下手なわけは無い。

当時の東京もよく歩いたものであって新宿駅東口から半蔵門経由で銀座を経て月島まで歩いた。今はその先の佃に住んでいるので何かこのルートは懐かしい。10年近く前に雑誌の取材で石川直樹さんと真夏の暑い日それは参議院選の前の日だったが、同じルートを編集の人と石川さんと一緒に歩いたのだが、
石川三番町あたりでもうヘトヘトになったので福田和也レフェリーがタオルを投げ入れて、近くの蕎麦屋でいっぱいやってそこで解散した。その後私は月島まで歩いたのである。

要するに石川直樹は高いとこで無酸素とかでは得意だが、真夏の東京で平坦な道を歩くと言うのには向いていないようである。これはその時にわかった真実である。

ギャラリーに行きその展示を見て面白かったのは50年前に撮影した私の写真と現在69歳の私が時間軸で完全に一本に結ばれていると言うことに今更ながら気がついたこと。これはギャラリーニエプスのディレクターさん恩恵によるものである。

トークショーはそこから歩いて数分の四谷ひろば、これは小学校を改造したものだがそこに行った。椅子が足りないので皆さん椅子をエキストラで持たされたりして会場に行った。音楽室の完全の防音のところでなかなかトークはしやすかった。立ち席が出るほどの盛況であった。感謝。

1966年から1976年。つまりこの10年間の私の写真家活動つまり東京からオーストリアのウィーンの10年間の話をした。最後に私は写真のポピュリズムは嫌いだという話をした。私の真実のファンの方は全世界で500名位であろうがそのうちの選りすぐった30名の使徒の皆様が四谷ひろばに集結したのであるという話をした。

ちょうど20年前に名古屋の三越で開催した私のトークに参加してくれた方がわざわざ来てくださった。その時の記念写真をその紳士はスマートフォンの中から選び出して見せてくれた。20年前の私が写っている。髪の毛真っ黒ヒゲも真っ黒だ。これが20年の私の足跡の成果というものだ。その紳士は父を思い出すとか言うお話にて作品の中で木製のビール箱が摩天楼のように高く積み重なっている脇にポルシェならぬ、フォルクスワーゲンならぬスバルが止まっている作品をお買い上げくださった。これはペンタックスにタクマー18ミリで撮影したものなのである。

京都からも京都写真会館のお姉さん整理ーさんが駆けつけてくれた。感謝。
来年の私のパノラマ写真集の出版企画に関していろいろ打ち合わせをした。クラウドファンディングでお客様を募るのであるが会議の途中で想いだしたのは、来年2017年我が偽ライカ同盟創立20周年でもある。東京であたしの古希大パーティーを開くというのはその企画の骨子らしいのだが、それなら坂崎さんをお呼びして偽ライカ同盟大パーティーをやろうかという話になった。これはまず坂崎さん個人のスケジュールをチェックしていただくために、棚瀬マネージャーにお願いせばなるまい。というわけで今年もまだ半年が過ぎたばかりだが来年が楽しみである。

ギャラリーニエプスそうだが四谷にはモールもあったしインディー系のギャラリー率が非常に高いのはいい傾向である。モールなどはかのロバートフランクがお忍びで来たと言うのもすごいことだ。

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  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
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