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2016年7月23日 (土)

ウイーンとライカの日々

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Image_2写真集ウィーンとライカの日々は10数年前に出したものであるが、当時は気がつかなかったが、今にしてみると写真家というのはその一生はが長い一本の時間軸の上に構築されているということがよくわかる。

職業としての写真家は仕事であるからときには全く自分に関係のない、例えばベルギーのダイヤモンドシンジケートの取材に行かされたり、あるいはテキサスのスペースセンターのスペースシャトルの内部を撮影に行かされたりするわけである。

しかしほんとの仕事というのはそういうところになくて、自分の生きている一本の時間軸のことなのである。そのことに気がついたのは四半世紀ほど前であって私はそれまでのいわゆる仕事の写真を全部捨てたのであった。 仕事というのはその意味でお金儲けも大事だが反れ以上の自分の仕事という場合には、それは自分の写真のことなのである。

オーストリアのウイーンに暮らしたのは7年半ほどだったが、今、思うとそこに展開された時間というのは何も日本から観光客として行った素晴らしい時間ではなくて、ウイーンの生の生活の時間が一対1であたしに迫ってくるから、簡単に言えば退屈そのものなのである。 カールクラスなどもそういう退屈にはかなり辟易していたようであるから、ああいう仕事ができたのだろう。 フェルナンドペソアにしても彼の日録で私が興味を示すのは日々のリスボンの内側で葛藤しているその退屈した煉獄そのものなのである。 私のウィーンの暮らしを回想してみるのならば、ドナウ運河沿いのアパートの2階から毎日出かける前に退屈な中庭の風景を見て、それからカメラと数本のフイルムと若干の紙幣を持って歩きだす。 その毎日、毎週、毎月、毎年は退屈極まりないものであったのだが、あれから何十年もたって極東の部屋の隅から発掘されネガフィルムをアトランダムにピックアップしてそれをスキャンしてみると、そこには全く新しい事実と驚きが展開するのが、これがなんといっていのか写真家が写真家だけがえられる1つの報酬とでも言えるだろう。

でもそこで考えることは、あのウイーンの時代が自分とはまったく無関係なのではなくて、そこに一本の時間軸の上に存在するということ。 これが唯一確かなことなのである。

ウイーンとライカの日々といっても実際にはソ連のキエフとかそしてソ連製のジュピターレンズで撮影して来たこともあるわけで、でもそれは写真の本質には何も関係はないというよりも、むしろソ連のレンズのほうが西側世界のレンズよりもちゃんと写っていたりするという皮肉なおまけももたらされる。

 

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