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2016年7月30日 (土)

東京の街を斜めに突っ切る十九歳 氷屋のギヤかー

Image_4

1967年にもう存在しないカメラ時代と言う名前の写真雑誌にほぼ毎月8ページの作品を紹介していた。
出版元は写真同人社と言うのである。
小さな出版社であったがなかなか気骨のある仕事をしていた。
その8ページのポートフォリオを私が好きだったのはその印刷方法がオフセット印刷ではなくてグラビア印刷であったこと。
今は技術がなくなってコストも高いからグラビア印刷と言うのは雑誌では存在しない。
当時は1冊の雑誌にオフセット印刷とグラビア印刷の2つがあった。
だから土門拳も木村伊兵衛もその作品はグラビア印刷で鑑賞するのが正しいと若い頃の私は思っていた。

オフセット印刷はモダンな印刷方法であるという印象があるから例えば高梨豊の名作東京人などは巻頭にカメラ毎日で30ページほどの掲載であってオフセット印刷なのである。
もし高梨さんの東京人がグラビア印刷であったら60年代のあの未来を志向するようなモダンな感じが出なかったであろう。

一方で木村伊兵衛さんの名作がアサヒカメラの巻頭でオフセット印刷で出版されたとき私は何か変な感じがした。木村伊兵衛の名作はグラビア印刷でなければわからないと大学生の頃の私は直感でそれを認識していたのである。

それで今思うと贅沢なことだが19歳の私は東京の街をファインダーで撮り歩いて、それがグラビア印刷で印刷されるものであるという直感を持っていたわけである。
今にして思うとこれは大変贅沢なことだ。
というのも今の私は撮影したものをせいぜいブログにアップするという程度、あるいは写真展で展示販売するということを念頭に置いているからだ。カメラ雑誌と言う選択肢が最初から頭の中から欠落しているのである。

氷屋さんがリヤカーに氷をたくさん積んでそこらを配達して歩くと言う商売の方法は今は存在しないのであろうか。永井荷風が小説の中でいわゆる書き癖がついているのであるが、これは正しくはリヤカーではなくギヤカーなのである。

このショットの撮影もちょうど今から半世紀前であるから、この氷屋のおじさんも今は存命していないのかもしれない。写真と言うのはその意味で非常に残酷な表現手段である。

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