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2016年7月 4日 (月)

さらば青い上着の人

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ニューヨークタイムスの有名な名物カメラマンビルカニングハムは6月25日の土曜日に87歳で亡くなった。
1983年の春であったか、私がセントラルパークをディアドルフ8x10で撮影して戻るときに、カーネギーホールの前でボロボロの自転車に乗った50がらみのかっこいいおじさんと信号が青に変わるまでの間短い立ち話をした。

マンハッタンの赤信号はなかなか変わらないので、それを待っている間に見ず知らずの人が会話をするというのは結構あることなのだ。
おばあさんから家庭の愚痴を聞かされたことも1度や2度ではない。

その自転車に乗ったかっこいいオヤジはクロームのニコンFをたすき掛けにして50ミリのレンズを付けていた。彼から先に声をかけてくれたのである。というのも場所に不釣り合いな大型の木製カメラを私は背負っていたからだ。

これは絶大な効果があって当時8番街42丁目のジャンキーだらけの危ない所でもよくジャンキーさんからあんちゃんお前の持っているそのカメラはいくらするんだい?などと聞かれたこともあった。

ボロ自転車でマンハッタンを徘徊するこの親父さんは私が見たのは二度三度では無い。しかし話をしたのはこの時だけだった。

それから30年以上が経過して日本でもビルカニングハムの映画が公開されてそれを東京都写真美術館に見に行った。ビルは掃除人夫の着ている青い上着でパリに行き、何か勲章を受賞したりしたシーンがあった。青い上着の下にネクタイを締めればそれで正装になるのである。これはすごいと思った。
その映画の中に30年前のビルカニングハムのインタビューが出ていた。これは16ミリフィルムでのインタビューである。だから今と違ってアカデミーサイズの画面であるのは何か知的で素晴らしかった。
その時に私は初めて気がついたのである。30数年前にカーネギーホールの前の赤信号で声をかけてくれたのはこの人であったのかと。

2年前の5月にビルが着てるのと同じ青いジャケットを探しにパリに行った。そこでわかったのはこれは道路掃除人のジャケットではなく普通の労働者の上っ張りであると言うことだった。クリニャンクールに行ったらそんなものはあるはずもない。

メゾンドライカの前でウィンドウで品定めをしているときにここにもう何十年も住んでいる日本人の絵描きさん朝比奈さんに遭遇した。彼を近くのカフェに伴ってその話をしたらそういう古着屋さんに一緒に連れて行ってくれたのである。その裏には白いペイントの飛沫がついているなかなかの貫禄のあるものだった。それを日本で来ていたのである。

それから1年が経過して友人がくだんのジャケットはパリ市庁舎の向かいにある外人観光客向けのデパートで売っているという情報が入ってきた。
それで昨年の5月という時にまたその青いジャケットを買いに出かけたのである。オテルデビルと言うこのデパートは7階建てであるがそんな変わったジャケットが簡単に見つかるはずもない。
探しあぐねてから地下の日曜大工のコーナーのペンキを売っている脇に置かれていた。ビルのが買ったときの値段は20ユーロ代であったそうだが年代が経過してすでに40ユーロ後半になっていた。

この青いジャケットは尊敬するジョナスメカスも着ているのである。これはビルからの影響であろう。数日前の札幌行きではこの青い上着は役に立った。何しろ涼しいからだ。
ところがなんとしたことか帰りの札幌空港のセキュリティチェックで私はその上着を忘れてきたのである。チェックの時に私が1つにまとめた荷物をいくつかのトレイに分散と言う面倒なことをするので私の目が届かなかったのである。
しかも空港内は暑いからもともと上着などいらない。それでビルの昇天と同時に私の青い上にも消滅してしまった。
まぁこれからどんどん暑くなるからビルの青い上着は当分は必要ない。さらに私にはその前の年に買った白いペンキがたくさんついている青い上着がある。当分はこれで大丈夫だ。

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