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2016年7月20日 (水)

母の形見の万年筆で書いたあたしの写真展の感想

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ササキジュンイチと言うのは鵠沼海岸に住んでいる私のことを研究する趣味人である。
私が発表した本とか写真集の事は私よりも彼の方がよく知っている。
世の中には田中長徳研究家と言う変な人がいるが彼はその筆頭株主だ。

彼と知り合ったきっかけと言うのは写真集東京ニコン日記の中で佐々木の先代の洋服屋さんが千代田区の富士見にあってそこのウィンドウを撮影したことにある。
その数年後に私がある写真雑誌の新車をしているときにその中でいいいい写真を撮影する人がいた。その人がその人だったわけである。

彼がすごいのは今の時代にインターネットを一切使わないと言うことである。何の事は無い30年前の我々の暮らしをしているわけだ。
だからSasakiが私に連絡をくれるのは封書が葉書だけである。こういうコミニケーションの仕方も良いと思う。

ササキは四谷のギャラリーニエプスの展覧会に来てくれてそれに対する長い感想の手紙をくれた。
その手紙はいつもは自分の好きなペリカンだかモンブランの万年筆に鳩居堂の便箋なのだが今回はちょっと違っていた。よく読むとお母様の形見の万年筆で書いたのだと言う。しかもそのインクが紫色というかセピア色ていうか薄いのだ。読む方としては迷惑なことであるがそれが彼の表現なのだから文句は言えない。
こういう筆記用具の遊びとゆうか趣味と言うのはショートメールでやりとりをしている時代には逆に非常に貴重なものだと思う。

その手紙の様子をここに掲載しておく。ササキの私の扱いは送った写真集や本をいつも江ノ島をバックにして撮影することにある。
70年代にケンジョセフソンと言う写真家がヨーロッパの有名な観光地を背景にしてそこに自分で撮影したその場所の写真を手に持って写し込むというコンセプトの仕事があった。ササキの江ノ島バックの私のはがきの案内と言うのは何か同族に属するようでいてそれが面白い。
ササキは私の写真展の前だか後だか知らないがお母様のお墓のある四谷に参詣に行ったそうである。これもいくようになるであろう。写真展と言うものはもともと生前葬みたいなものだ。

江ノ島は語録年前に夏の暑い盛りにSasakiと一緒に中な坂を登ったり降りたりしたことがある。でも最近のあたし江ノ島の記憶と言うのは実は羽田を離陸した直後に飛行機の上空から見た江ノ島の全景である。南に離陸した飛行機は大きくカーブして江ノ島まで行ってそっからまっすぐ北に向かって新潟のジョークを通日本海からトランスシベリアンルートに入るのだ。

sasakiから来た手紙はメールとは違って手に取ることができる。それがなんとも不思議である。

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