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2014年1月13日 (月)

ウイリアムクラインはまだ同じライカR6だな

Photo_2
ユーチューブでウイリアムクラインの最近のドキュメンタリーを見た。
プラハで最後に会ってから、二十年近くが経過している。

あの時は王宮のギャラリーで回顧展があって、あたしはアシスタントめいたことをした。クラインはライカR6に28mmレンズで撮影していた。
それを見て実に勉強になった。
もっともクラインの助手と言っても、脇についていて、大パーテイの群集の中をドイツ語でプラハの人になにか言うのがあたしの役目だった。

本当はチエコ語が出来ればいいのだけどプラハで通じないと思っていたのか、それとも英語は通じないと思っていたのか、なぜそういう次第になったのかいまだに不明である。しかしそれはクラインに頼まれたのである。

クラインはその時、ライカR6であったが、今回の最新のフィルムでマンハッタンのハーレムの撮影では。同じカメラを使っているので感心した。
フィルム交換しながら、「デジカメ?そんなの使わないよ」とうそぶいているのが印象的だった。

四半世紀前、クラインがプランタン東京の個展に来日して、その時はNHKが朝の番組で銀座四丁目でライカM6で撮影する写真家を紹介していた。その前の晩にクラインに会った時に「おれは見ないよ、時差ぼけだから寝てるな」と言ってた。

その時であったが、「1957に東京の撮影に来た時、日本光学からスポンサーで提供してもらったニコン(多分複数のSPとF)がかなり古くなっているので、ニコンに話をしてくれないか」と頼まれた。
その話は上に上げたが立ち消えになってしまった。クラインのような巨大広告塔をニコンが逃してしまったのは残念である。その直後にライカが彼のスポンサーになったらしい。

クラインの撮影方は相手とのコミュニケーションを取りながら撮影することが分かった。これはハーレムのバーバーの内部での撮影であった。それで大昔になぜあたしがアシスタントで雇われたのかが分かったような気がした。
クラインは今回、プラハの人間ドラマを撮りにきた、と言った。
ウイーンにはまだ行ったことがないので、是非撮りたいとも言ってた。

フィルムの中のクラインは84最で杖はついているが、まだまだいけるという感じがした。クラインさんはウイーンを撮りにいったかな。

クラインの写真集ニューヨークはあたしは高校生の当時に銀座のイエナ書店で買った。値段は1600円だった。その当時のレシートがあるので分かる。その本にクラインは
To Chotoku Happy New york!
とサインしてくれた。

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