使いこんだXZ-1に美学を感じる
今回のプラハ行きは、さかい写真研究所のさかい所長の、向こうでの個展というサポートがあったので、最初の1週間は目のまわる忙しさだった。
それで首からXZ-1をぶら下げて行った。まるでツーリストのじじいであるが、これが案外に快適だった。
ペペンペンだとやはり高千穂の銘機であるから、作例を撮影してやるぞ!(最近のtwitterの書き込みでカメラ女子が猫連を撮影したくず写真を皆さん、自分の作品と呼ぶのはやめて欲しいという投書に禿同、我ら「作例写真家」はもっと作例にプライドを持とう!)と、意気込むのが良くない。
その点、XZ-1は気楽に肩の力を抜いて撮影できる。昨年の3月のマンハッタンでも雨の中をXZ-1を裏返しにぶら下げて撮影して、好結果を得た。
あたしのXZ-1はご覧のように、最前線から戻ってきたような状態である。ベルクロは昨年の3月のマンハッタンで貼った。これはハンドリングが良くなるのであるが、この前、ヒルズで打ち合わせをした時、高千穂の偉い人の前ではロゴマークが見えなくなっているので、ちょっと心配した。高千穂光学は大事なお得意さまである。
しかしこういう高性能のコンパクトカメラは最初からレンズ交換できないから、あたしのようにラフに使う「都会戦場カメラマン」には最初からゴミの入る心配がないのが良いが、メーカーさんにしてみればレンズ交換が出来ないとご商売にならないのであろう。
この前、プラハのP(あたしの銘機礼讃に登場する、ハベル大統領の友人)が新しいフジのレンズ交換式のデジカメに興味を示していた。だから「実際の現場ではレンズ交換など煩雑だから、その前のモデルのレンズ交換の出来ないのがいいのでは」とサジエスチョンしたのだが。



















































































