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2011年4月 6日 (水)

Yohichi Okamoto のニコンSP

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Yohichi Okamoto をどう綴るのか知らない。
日本のニュースで外国で起こった事故の死者の名前がカタカナ表記されるんは、あれはローマ字表記からカタカナに転記しているわけだが、オカモト ヨウイチさんの名前を知ったのは80年代のウイーンである。
ウイーンで洋書を扱っている(ドイツ語圏で洋書というのは変だが、英語の本という程度の意味)で、ハードカバーの写真集を手にいれた。
それはウイーンの占領時代に始まるモノクロの一連のスナップショットなのである。そこで岡本の名前を知った。洋一か、陽一か、それとも庸一か、要一か?そこれは不明である。
岡本はアメリカの軍人としてウイーンに進駐したのである。彼は二世か三世だから果たして日本語は話したかそれは不明だ。

あたしが心を引かれたのは、その岡本の著者近影である。腕組みして眼鏡を額の上にかけて、岡本はちょっとシニカルな笑みを口元に浮かべてカメラを見ている。
その腕組みの手の中には、ニコンSPがあった。レンズは50mm f1,4であった。

そのニコンSPを持った肖像がなかなか良い感じなのである。その良い感じを分析しると、真面目は六十年代のアメリカのフォトジャーナリストとでもいう空気がこっちに押し寄せてくる。

似たようなニコンSPを持ったセルフポートレートを何かの機会に見たことがあった。それはライフと契約している写真家の像なのである。

あたしの「東京ニコン日記」の中にサンケイ新聞の写真記者が首からニコンSPをさげて銀座の昼火事を取材している姿が残っている。
今はかなりよじれた写真機趣味の老人を慰めるニコンSPだが、半世紀前にはちゃんとした報道の機材であったとはちょっと信じ難い。

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