フォト

ギャラリーバウハウスの展示

オンラインギャラリー

バナー

チョートクカメラ塾ブログ

Chotokuぶらり パチ塾

無料ブログはココログ

« [カメラは詩的な遊びなのだ]は10日発売! | トップページ | 御嶽山(おんたけさん、と読む) »

2010年10月 9日 (土)

梅沢写真会館界隈

Photo

Photo_2

★プラハ

今、プラハであるが、それは予定原稿であって、まだプラハに出かける前である。写真は未来に仕掛ける罠であるというセオリーからすれば、東京の三ノ輪の都電の終点からこの梅沢写真館の通り抜けをくぐって、その途中の右手にある、このニューススタンドほど「失われた時」をいとも簡単に追憶できる場所はない。

この界隈に親しんだのは、須田一政さんと遊んだのが最初だから、19歳の頃であろう。梅沢写真会館そのものより、この通り抜け道にあるニューススタンドがまさに60年代というより、戦後そのものの存在であった。
あれから40年が経過して、当時に戦後そのものだった、ニューススタンドがまだ戦後そのものとしてここに存在していること。これがどういう意味があるのかはあまりにテーマがでかすぎてよく分からない。

三ノ輪のメトロの駅は最近に改装されて「三ノ輪らしからぬ風情」になってしまった。

60年代にきわめて三ノ輪的な存在だと思っていた、交差点の脇の仏壇屋「観音堂」はその屋根の傾き加減が東京では随一であって好きであった。その裏手に須田さんの友人の熊谷さんという人がアパートの二階の部屋の中を真っ黒に塗って、押し入れに寝て暮らしていた、ザ ピーナッツの「つきちゃん」の大ファンとのことであったが、そのつきちゃんが二人組の右か左かかも知らなかった。あたしの芸能音痴がその意味で筋金入りである。

当時はアラーキーの実家の下駄屋の「仁王下駄」もまだ存在した。

今回、アラーキーの急遽跡を見晴らしたら、その先に「空筒」が見えた。よく通った泡盛屋亀島の「もと文学少女」めいた老女のお店もしばらく前に閉店になった。それで河岸をかえて、最近では大林に行っているわけだ。

« [カメラは詩的な遊びなのだ]は10日発売! | トップページ | 御嶽山(おんたけさん、と読む) »

ごあいさつ

  • 2016/6/30 フォトメンタリーさんとの契約が終了しました。ありがとうございました。
  • リニューアルのごあいさつ 本日より「冠スポンサー」にPHOTOMENTARYさんをお迎えして「PHOTOMENTARYチョートクカメラ日記」がスタートします。 オリンパスさんには長年のサポートまことに有り難うございました。 今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。 2014年10月16日@@@田中長徳 ^^^^^^^^^^^^ チョートクカメラ日記は最初は2001年5月、月刊「カメラジャーナル」上の月一度の「紙の上の日記」としてスタートしました。 2003年7月から「MJチョートクカメラ日記」として本格的に始動し、総計650万ページビューを超えるオンラインカメラ日記に育ちました。 これも皆様のご支援のおかげです。 本日「冠スポンサー」が、初代メデイアジョイさん、二代目駒村商会さんに続き、オリンパスさんにバトンタッチして、新規のスタートをきりました。 デジタルカメラの未来と、銀塩カメラの未来を縦横に語って行く 「PEN PENチョートクカメラ日記」を 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2009年12月17日 @@@田中長徳  
2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30