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2010年7月 3日 (土)

板橋区と北区の「国境」を目指す

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☆追悼!ライカインコ4世昇天一周年記念日!アーメン!☆  

(上の焼き鳥とは関係ありません)

板橋は小豆沢のはずれのトプコン(東京光学)は、「痴漢も出ない寂しい通り」というので、その方面にはちょっと有名になった。今でもこの伝統は守られているようである。

時々出かけるのは、中仙道の浜出屋とその奥にある、楠である。土曜には浜出屋は休みなので週末は楠に行くしかない。その場合には、赤羽から徒歩で行くのである。掲載の画像が涼しそうなのは、これは本年1月5日に撮影したのである。無論。正月がまだ終わらない松の内だ。

赤羽駅から赤羽団地の高台に階段で上るといきなり空が開ける。枯れ木がゆれて、夕空の雲と追いかけっこをしている。しかも路上には誰もいないというのは実に不思議な光景で自分はどこの国のどの時代を旅しているのであろうと、考えてしまう。

一般に欧州の行きなれた諸都市より、自分がその町の環境を一番不思議に思うのは、東京である。都心部はイモ洗い状態なのに、周辺部は真空地帯だ。それであたしはその真空というか、減圧された東京の方を好むのはいうまでもない。

毎年、楠では口開けの日に、薦被りを開いてご祝儀で飲ませてくれる祝い酒の習慣がある。楠は開店して10年になるであろうか。その正確な年代をおかみさんに聞いたのであるが、忘れてしまった。

ここのおかみさんが眼前で手作りのメンチカツはかなりの逸品だ。つれてきたお客さんが黙るのである。ラピタという雑誌に食い物の連載をしていた当時、これを紹介したこともあった。

板橋区と北区の「国境」を目指す、とはこの楠が北区と板橋区の区界にあることによる。お店からちょっと北に行くと地名は赤羽になってしまう。赤羽駅からかなり歩行したポイントがまだ赤羽であるのがうれしい。1970年当時、ウイーンに暮らしていたとき、家人との間で「ここは赤羽ではない!」という言葉遊びが流行した。ウイーンの歴史的なしかも整理された美麗な風景にすでに飽きていたので、極東の混沌の都会にあこがれるという意味の戯れであったのだが、欧州近隣ではまずイスタンブールあたりが、やや赤羽的なのである。それで赤羽気分はなんとか味わえたが、やはり本場もんにはかなわないのはいうまでもなし。

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