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2010年7月 4日 (日)

袖擦坂でライカA型でロドチエンコの真似をした

Fh000016

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先日のウエストリヒトのオークションで入手した、ライカAの試写を行った。その数日前に例の「カメラは詩的な遊びなのだ」(アスキー新書)の取材で編集部の本多さんの持参した、出たばかりのいふぉんG4と並べてツーショットを撮影した。

これはかのジョブスのおかげで、にわかにクラシックライカとスマートフォンが同じ舞台に立つようになったのである。これはたいした影響力である。

Fh000017 撮影の場所は足穂の横寺町の袖擦坂の高台にした。旧作「横寺日記」によれば、終戦の年の防空警戒下真っ暗闇の中で、この高台上で足穂は星座の研究をしている。東京高等数学塾の後は今でもアパートであるが、その二階6畳から夜な夜な、足穂はこの高台まで歩行して星座を観察しているのだ。Fh000018

ライカA型は1926年製だから足穂がこの上に立った時より20年は前に生まれているわけだ。袖擦坂の上で横寺町の方から日傘の女子が来たので、まず遠景でワンショット。その人が階段を下りるショットを撮影して、崖下を行くのをさらに撮影し、その姿の遠くなるのをさらに1ショット。これで都合4枚の撮影だ。これを昭和20年とすれば、まさにライカは高速で連写が可能な早撮りカメラである。Fh000019

仕上がってきた画像は、確かF12,5で1・200秒だっがので、ちょっとオーバーであった。でもそれが何か遠い夏の記憶を裏書しているように思えて、これは悪くない。

それにしても旧エルマーはちゃんと写る。かのロドチエンコがいち早くこのライカを手にして、例の高い場所からの「斜め撮り」でライカスナップ世界に新境地を開いたわけだが、なにかそのことを意識していて、この牛込の高台に立ったのかも知れない。Rimg2411

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