« 20年前 | トップページ | 鳩サブレー »

2009年7月12日 (日)

東松さん

移転で発見された昔のカメラ雑誌には見るべきものが多い。特に1970年代とか60年代の写真家の「社会への影響力」というのは今とは比較にならないほどというか、それを往事と今とを比較するのも滑稽なほどである。

これはキヤノンの一眼レフの広告であって、それぞれの写真家に見開きの2ページで展開している。ほかの写真家とは長野重一さんと、大倉瞬二さんだ。その中で東松さんの姿にあこがれたのは、当時、こういう「黒めがね」をかけている人はいなかった点だ。タモリなどよりずっと昔のこれは「黒めがねおやじ」の元祖である。当時のサングラスには、世の中を批判しているような、世の中を斜めい見ているような感覚があった。

東松さんのカメラのレンズは当時は驚異的な19ミリのレトロフォーカスである。先がラッパ型のやつで当時の光学設計技術はまだ未熟であったから、こういう格好になったのであるがそれがエキセントリックで良い感じだ。同時代の映画用の超口角レンズもどうように先端のレンズのエレメントの大きなかっこよさであった。

当時の東松さんの仕事で忘れられないのは「東松照明日録」であってこれは彼の日常をつずった日記風写真群なのである。カメラ毎日で40ページほどの大特集であった。東松さんのカメラは確か、キヤノンペリックスで交換レンズ一式を駆使していた。

真夏の午後の熱風の中、東新宿の興亜ビルの事務所に行ったら、キヤノンから届いたばかりの段ボールの中に各種の交換レンズが山になっていた。今の時代にカメラメカライターさんのもとに貸し出し機材が届いて、カメラ会社の広報さんがその返却期限をチエックするという、現代に比べればその優雅さは比較にもならない。カメラメーカーというものが文化的なことに鷹揚であったという夢の時代である。

同時に写真家が特定のメーカーのカメラを手にすることが、それなりの広告効果を生むとまだ信じられていた罪のない時代でもあった。この当時のキヤノンはニコンに全面的に負けていたのでその負けを取り返そうとなかなかのがんばりであった。今のカメラが面白くもないのは、どのメーカーのカメラでもその写りには変わりがない点である。だからフィルム時代にライカとコンタックスとの競争の中に見る異質な存在とそのブランドの戦いというのはもはや存在しない。

どのカメラで撮影しても同じなのは今も昔も同様なのかも知れないが、カメラファンはやはりメーカーの個性に騙されてみたいものなのである。

その個性的な時代は過去のものになり、今のカメラは価格ドットコムで1円でも安いのが「良い」という時代である。

まず、落胆しても仕方ない。元気なカメラブランドの登場を待つのみだ。

R1179873

|

« 20年前 | トップページ | 鳩サブレー »

コメント

「空気が写らない」現代のレンズでは、私のようなヘボカメラ人類の撮影する写真はただシャープで鮮明なだけの「記録写真」となってしまいがちなのが痛いです。その点、各レンズごとに個性の有るオールドレンズは、アマチュアだましの「芸術っぽさ」を付与してくれるので面白いですね。
まぁ、それを言ってしまうと、ホルガやダイアナで「オシャレ写真」とやらを撮影している若い女の子と大して変わらないという事実に気が付いてしまう訳で…笑

投稿: スエードM2 | 2009年7月12日 (日) 01時23分

サングラスのダンディズムといえば、なんといっても映画:灰とダイヤモンドのシブルスキーを忘れてはなりませんぞ、長徳大兄。

投稿: カピ爺 | 2009年7月12日 (日) 03時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 20年前 | トップページ | 鳩サブレー »