巴里を食らう
ゆでたエビ。これは近所のマルシュで買う。500グラムが7,5ユーロ。なかなか味よし。日本のそれとは比較にならない。
1970年代のウイーン暮らしでは、パリに撮影に来ると、帰りはウイーン行きの夜行列車で戻るのだが、ウイーンの家人へのおみやげにこのエビを買い、さらに東駅のそばのパン屋で名物のクロワッサンを買ったものだった。
栄光あるハプスブルグ家は魚を食う食う習慣がなかったのか、当時のウイーンには新鮮な海産物はなかった。同様にトルコ戦争時に「トルコの三日月を食う」という意気で生まれたという、「三日月パン」(キュッペル)はアントワネットが持参してフランスに行ったという話になっているが、その本家のはずのウイーンの
三日月パンはひどくまずいのである。
チーズ。これも近所の市場で買う。非常に安価で味よし。日本の輸入チーズ屋さんがもうけていることがよく分かる。
バターがたっぷり入ったクロワッサン。これはホテルの朝食。カフェオレとフレッシュオレンジジュースと込みで、6ユーロ。
リッツの四分の一以下だが、このホテルのインターネットのレビューでは高いと評判が悪い。でもこれは北駅界隈の軒並みのカフェの「朝食代」に価格を揃えてあるのだ。つまり外に出ないだけ「得」なのである。
中学時代に食った、中村屋のクロワッサンであるが、その包みにはこんなことが書かれていた。
「寝床でのむ牛乳入りコーヒー。お菓子も暖かい。クロワッサンも一緒だ。ああ、なんてうまいんだろう。こんちくしょう!)というのである。その仏文もそのままに並んで印刷され、戦争中、毎朝フランスで放送されていた歌、と説明がついていた。この訳文では、クロワッサンの他にお菓子があるのを不審に思った中学生があたしだった。
アーテイショーク。これは市場で見ると、静物画の題材によさそうだ。ウイーン時代、これをゆでて食おうとしたが、素人には難しい。この缶詰はエクアドル製なのである。ベルギーの名産のフォアグラを取材に行った時、さぞかしたくさんの鳥が居るのであろうと想ったら、一羽もいなかった。原料は遠くハンガリーから輸入しているのである。
なにやら最近のカメラの製造過程にも似ている。
ハモンセラーノ。これは本場ものには及ばないが、フランス製であるのが珍しい。
ウオッカ。これはフランス製なのだ。ナポレオンがモスクワの焼き討ちで覚えたか、あるいは1814年ロシアがパリに入城した時に製法が伝わったか。得難い酒。
鰯の缶詰。例のうすべったい格好のマックス・エルンスト好みのデザインのやつだ。鰯の缶詰はうまい。そのことを日本に居ると忘れている。
トマト。実際、かなりうまい。これは市場で買ってくる。
鳥の丸焼き。今回はうまいのに当たった。世界中、ブダペスト、マンハッタン、フランクフルト、プラハ、イスタンブールなどでうまい鳥のグリルを食ったことがない。しかも旅先でかならず「明日は鳥の丸焼きを食ってやる!」と精神を高揚させて、その後落胆するのがこれであった。鳥の丸焼きは食欲ではなく、すでに政治信条なのである。
自分の言う意味は路上で売っている例の安物のことだが、そうじて塩を使いすぎだ。パリの焼き鳥は今までの最高クラス。しっとりした肉質で味わい深い。しかも辛くない。値段はちょっと安すぎてここに書くと日本経済が混乱するから控える。
りんご。これは毎朝の朝食の時に、食堂から一個ずつ持ってくる。
上のような物品をとっかえひっかえこれらを日替わりにて窓際にテーブルクロスを敷いて食っている。ワインはボルドーの赤(ただし10ユーロ)である。ただし宴会にしてはいけないから、時間は15分程度に抑える。
ミシュラハモウアキタ。
これが実感だ。
以前、2週間のフランスの取材で毎日が「星付きレストラン」という悪夢のような体験があった。それは仕事だから仕方ないが、当のフランス人だってそんな馬鹿はしているわけがない。
勤め人もワーカーもカフェで昼などに食っているものを通りがかりにみれば、これは日本と同じである。自分はホテルに歩いて戻れる時間があるから、部屋で食う。仕事でそういう店を回ったのはこれは仕事だから仕方ない。友人を接待するのでそういう店に入ることもあった。これはおつきあいで詩仕方ない。
でも食い物はホテルでの一人宴会が最高である。
フランスでは100フラン出せばちゃんとしたワインが飲めるからレストランではやめにした方が良いと昔、その方面の人から聞いた。今なら15ユーロである。これは今でも通用する掟であろう。
ヨナス・メカスがどっかのフランス語圏のホテルでワインとチーズで一人宴会をしているムービーがあってこれは実によかった。あれは白ワインであった。
カフェで通りに向かって椅子に座りトラフィックの埃を吸っているのも感心しない。あたしが歩行中にカフェに入るのは、カウンターでカフェかワインを立ち飲
みする為である。椅子には座らない。もっとも北駅近辺で一日、カフェの同じ椅子に座っているのは、失業中のムッシュであるから、これはこれで風情あり。ただし東洋の失業中のムッシュである自分は、時間が限られているからやはりカメラを手に歩き回っている。











































