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2009年1月13日 (火)

プラハで修道院に入る

1月11日。プラハ。気温マイナス11度。
Praha09111
プラハで修道院に入る

この画像がホテルである。
st JANAという著名な修道院だ。
正確には左側のが司祭かなにかの宿舎であって、それがビロード革命の時に出版社になり、数年前にはホテルになった。客室数たったの14。
理想の隠れ家だと書くと日本の雑誌のタイトルで実もふたもない。
ただしあたしは誰から隠れる必要もないので、それがもったいない。
プラハで隠遁生活に入るのなら、理想だけど来週からまた極東の錬獄。

この向こうの建物との間は切り通しになって、そこに市電が通っている。だから湯島の切り通しとか、谷中の寺町の古刹の離れに住んでいる気分だ。
それでいて、最寄りのメトロまで徒歩3分。
これは佃の部屋から月島駅に行くよりも短い。

土曜日。
例によって路地裏調査。市内徘徊。
9番の市電で、スデクの名作、子供の墓石のあるベルトラムカの墓地を見る。雪が良い感じにつもっている。
それからやはり9番の市電でその先のモトフのクレマトリウム(火葬場)を見に行く。別に藤原新也のまねではない。
プラハに火葬場は2つある。もうひとつは市の東にある。こっちは近代消却場の感じがして到底「死を思え!」の感覚なし。

日記の更新をいつものカフェで行う。素人考えだけどWIFIにも二種あって、常連のカフェでは無線が通じるが、ほかでは全部だめだ。要するにwindowsにしか対応していないらしい。
AIRMACとは規格が異なるようなのだ。
もう仕方ないから窓屋のマシンを買う必要があるが、やはり商品としての魅力がない。
だいたい、「春向けパソコン」などと銘打って商売をするのが面白くない。
電子計算機は耐久消費財ではないのか。
(後に記す。なんとかネットにはつながったが実用にならない遅さだ。忍耐を訓練するプログラムだ。)

昨日、ホテルプラハからリムジン。ドライバーの若者をビロード革命の頃の話をしようとしたら「すみなせん、僕はあのとき、6歳でした」
ビロード革命の直後のプラハ市長に一昨日遭遇したので、革命はつい最近のことだと思っていたのは、老人の時間の距離感覚のせいだ。
ボリシエビキ痔代のプラハを知っているなんて、老人趣味なのである。

リムジンを降りて、石段を昇って、このネオバロックの宿舎の雪のつもった中庭のドアを押して中に入ろうとしたら、中からコンシエルジエの服装をしたじいさんが出てきた。
荷物を運んでもらおうと声をかけたら、人違い。これは普通の客なのである。
その服装はウイーンのインペリアルホテルのコンシエルジエの服装に酷似しているのだ。エアラインのキャプテンのコスプレがあるそうだが、プラハではコンシエルジエの服装のコスプレがあるのだろうか。

フロントにはGAPを着た青年がいる。この人が本物のホテルマン。見かけは宮殿だけど(そのサイズはサンクトペテルブルクのピュートル大帝の夏の宮殿サイズ)普通のホテルだからポーターもいない。
ネオバロック宮殿の、大理石の立派な階段を自分で荷物を運ぶのである。
気兼ねしなくてよい。

Praha09112 深夜12時前、窓で鳩が鳴いているような断続的な音に眼をさました、
鳩ではなく、隣室で男女が一戦交わしているのであった、
マンハッタンのヒルトンはその隔壁が薄いので、室内で話をする声より、隣室の声の方が良く聞こえるのが名物だが、このホテルも隔壁の薄さは名物になる。
ただし、天井はモスクワのメトロポールなみの高さ。約、5メータか?

ウイーンの18世紀に建てられた部屋に居た時、隣の壁ごしに毎夜、夫婦喧嘩が聞こえたのは面白かった。その論争点は5年前のクリスマスにまでさかのぼるのである。これは生きたドイツ語の勉強になった。
上の隣室の男女の交歓だが、断腸亭なら早速、待合「幾代」の仕掛けのある部屋から隣室を覗くのであろう。

丸山薫や稲垣足穂の寄宿した蝙蝠館(滝野川の中野アパート)では、好き者が深夜、天井裏を徘徊したそうだが、元気なことだ。

今朝、地下の食堂に降りて行く時、食堂から上がってきたじいさんは昨日、あたしがコンシエルジエと間違えた人である。赤いセータの若い女と一緒だった。それが隣室の昨夜の声の関係者かどうか、それは不明だ。

1967年か、寺山修司の「書を捨てよ街に出よう」の新宿厚生年金会館の公演で「京王線初台駅に降り立つ。雨嵐の夕べ。昨夜も隣の新婚さん、3回戦わす。所属はワルだけど悪者ゆえに悪者ずらせず。ああ、今日も渋谷に1000圓溶かしちゃったなあ」の大昔の寺山フレーズが頭に浮かんだ。

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