窓からの眺め
佃の寓居は角部屋で北と東に開いている。
日本の価値観だと北はダメなことのようだが、カメラに直射日光があたることがないので好都合だ。
プラハでも古い古書店はみな、北向きにドアを開いている。別に日焼けして困るような骨董品もないけど、ライカとかがらくたカメラに直射日光が当たるのは困る。
直射日光が当たらないと困るのは、少年時代の「日光写真」である。名刺サイズのネガ(それには稚拙なイラストで鞍馬天狗とか、月光仮面の図柄)を取り出して、付属の印画紙と密着させて、日光の下で「焼く」のだ。
そのうっすら画像の出たのを、水道の水で洗った。
しかし、その印画紙が黒い像を出すのではない。単に、乳白色が薄い茶色になるだけなのだ。
音羽の通りの駄菓子屋で買った日光写真のセット、あれは偽ものであったのだろうか。と、それを買ってから50余年後に真面目に考える。
この部屋は午後は陽射しが当たらないが、朝は斜めにベランダに太陽が当たるのは有り難い。
マンハッタンのエンパイヤビルのすぐ南のホテルの20階でここは完全な北向きの部屋だけど、快晴の朝にはほんの5分だけ室内に日が差す。それが貴重で壁紙の上に存在する光を奇跡のように見つめたことがあった。
同様な次第は、パリはピガールのオテルデシャノアでもそうだった。この場合には2月のパリの薄ら寒い曇りの日が10日も継続した後で、ある朝、奇跡の快晴に遭遇したのだ。
佃の部屋からの眺めで好きなのは、完全の隅田川の中央大橋が夜にライトアップされる光景だ。
2LDKの部屋を廊下ごしに歩行して行くと、どの部屋の窓からも「ライトアップされた音叉」のような橋が見える。
その窓にそれぞれにライトアップされた橋が見えるので、部屋の数だけ橋があるような錯覚になる。
このゴージャス感はよい。
その中央大橋イントレ(建設現場の足場)が運び込まれたと思ったら、あっと言うまに、上の方まで足場がかかり、保護ネットが張られた。
なんでも来年の3月まで塗装の補修工事という。それで毎夜楽しんでいたライトアップは目下中止になっている。
おそらく、東京都は「工事中のみにくい姿を見せない」という意味で照明を中止したのであろうが、これはいらん心配である。
ネットをかぶった橋はモダンアートである。
それもそこいらのギャラリーの開催する「材料費をけちっている彫刻家」の虚弱な作品よりずっとクラスが上だ。
カメラはニコンD700に20ミリ。
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