帽子をなくす。爪が伸びる。
岡山で帽子をなくした。日記で調査するに、火曜日の倉敷の蟲文庫訪問まではかぶっている。その後、斜向いのさくら蕎麦に入った。満員であったからカウンターに座った。すなわちちゅう房が丸見えである。
バルセロナでは、上客はキッチンにいれてくれて、ストーブの前で食事をとることができる。これはかなり金を使わないとできないことで、以前、広告の仕事でバルセロナにいって、その様子をキッチンで撮影したのである。
上客にしては名誉なことではあろうが場所はストーブ前である。ともかく暑い。
それと同様な暑いカウンターで「天抜き」で酒を2杯呑んだから、汗は三斗でた。その発汗の勢いにて帽子を忘れた。忘れた帽子はいつも同じyahooのセラーさんから買う。これが1000円である。またなくしそうなので、もう1個、画像のを買う。2100円也。
また注文した。これはブーニーハットであるが、この手の帽子はかつての越南戦争で解放戦線の若い兵士がかぶっていたのは良い感じだが、われわれが冠ると、なんとも爺くささが加速するものである。
ゆえにこの帽子を「シニア帽」と呼んでいる。
そのシニア帽の同じのを昨年の夏には人形町の眼科で忘れた。その前は4年ほど以前に新宿のホテルで忘れた。この時は片岡義男さんと会っていた。
その前は10年以上であって、パリのオペラの前の風の強い春に帽子をさらわれて、アベニューの先に吹き飛ばされた。
風が吹くと桶屋が儲かる
ではなく、
帽子屋がもうかる。
では、あまりに単純で悲しくなる。
良い猫の写真を撮影するには、その猫の性格を知るのが大事と、最新号のデジタルカメラマガジンに書いてあると家人が感心していた。それはそうでもあろうが、結果とその手段がさかさまである。
これからこういう恐い世の中になってゆくのだな。
目下、大流行の「脳科学」も自分にはきもちが悪い。脳を分析解析して、頭が良くなるはずもなし。
空港のセキュリテイチエックにて、爪きりは持ち込めない。
それで外国行きの際にはスーツケースに入れているわけであるが、この前の岡山行きでは、それが面倒なのでキャリーオンだけだから爪きりは持参しなかった。
ところが3泊4日だと、爪はじりじりと伸びてくる。
カメラを扱うと爪が荒れるのである。坂崎さんが話をしている時に、常に自分の爪を見ているのは、かっこいい芸術家であるが、我々、カメラ商売はもっと良く爪が割れる、というか角が欠けるのでる。その時に手を入れたいのだが、爪きりは600キロ離れた佃の引き出しの中である。
この場合、下のコンビニに行くのも面倒である。
どうするかと言えば、前歯で噛み切る。
爪きりが発明される以前、有史以来、わが人類は全員、前歯で爪を噛んで切っていたのであろう。
午前11時に、和光前でアサヒカメラ野本さんあって、8月号の連載分の銀座取材。銀座にはクリエイトにフィルム現像を出さなくなってから、何年も行っていないという感じがする。(実際にはあの写真部の福田和也一味とか、レモン社参りもあるので、これはその感じを言っているのだ)
なかなかの発見あり。
日本デザインセンター当時とあまり変わらないのは、銀座1丁目の「青写真屋」とその先のテアトル東京(と、書いも誰もわかるまい)の近辺のタイガー食堂くらいだ。
久しぶりにタイガー食堂の630円のランチ。38年前におにいちゃんとおねえちゃんが、やっている店であったが、それから時間が経過したので、おじいちゃん、おばあちゃんの店になった。その時間経過には何の不思議も隠されてはいない。
タイガー食堂は立派な銀座の「老舗」である。
この画像はエプソンRーD1。レンズはカラースコパー21ミリ。
この前、西安でもこの組み合わせだった。西安でもちょっとこういう青写真屋はない。
青写真と言えば、小学校の帰りにかならず寄って「社会見学」をするお店でもあった。あれはアーク灯であろうか。その光りの質は、太陽光でも電燈光でもない魅力を感じていたわけだ。
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コメント
長徳先生、タイガー食堂はまだ健在なのですね。24年前、別れた配偶者とよく行きました。裏通りにぜんぜん銀座らしくないたたずまいで、さすがは銀座だ! と思ったものです。
テアトル東京も懐かしい! 『テアトル』とは、シアターのあちら読みなのだと気づいたときの複雑な気持ちを、今も覚えていますよ。もっと、高級品だと思っていたのに。なんだ、シアターか、うちの近くにもあるじゃないか、と。
青写真屋は、知りませんでした。
銀座は、アジア化しないところがいいですね。東京の最後の砦です。新宿は、やっと香港やバンコック、ジャカルタ並になりました。遅れて来た青年…なあんちゃってね!
アジアの諸都市が東京になったのでは決してなく、東京がアジアになりつつあるのです。ここのところを、ほんとうに多くの日本人が勘違いしています。認識不足もいいとこです! mahaは嘆いているのだ!
投稿: maha | 2008年6月21日 (土) 09時02分
長徳先生、こんばんわ。
ブーニーハットはシニア帽などではありませんよ。
以前の感覚で言えば主婦御用達のチューリップハットかテンガロンハットの出来損ないの感がありましたが、今年は米軍の中東向け迷彩を真似たブーニーが流行のようです。
洋服もオリーブが流行っているようですから派手ではない迷彩色が流行していても不思議ではないでしょうね。
近年は、写真を撮る奴=変質者 が定着してしまい街での撮影には本当に神経を使う時代になってしまいました。
以前ならば写真家に見えないようにスーツ姿などその場に居ても不思議でない服装でカモフラージュ出来ていたのに、この数年は逆に正当な写真家であることを主張するような服装にするようにしています。
「カメラマンベストを着用するプロカメラマンは居ない」というのは過去の話で、パトカーを呼ばれたくなければ逆にカメラマンベストやアルミケースなど70年代風スタイルで「俺はカメラマンなんだ」と主張しなければと考えています。
銃規制と同じくカメラの持ち歩きに許可証が必要な時代がくるのかも知れませんね。
投稿: 杏里 | 2008年6月21日 (土) 21時25分
mahaさんのコメント・・・「東京がアジアになりつつある」・・・これ、つまりアジア出身の外国人が多数住みつつあるということですかね。それで街の景観も文化も以前とは様変わりしつつあるということですか。当然治安も悪くなるだろうしね。
ふーむ、まあこれは東京だけでなく最近は地方も外国人労働力がなければ工場の生産自体が成り立たなくなってきていますからね。農業ですらそうですし。
しかしそれでも街が異様な雰囲気というまでにはなっていません。彼らは自然に田舎の景観に溶け込んでいるというか。空き巣被害が多少増えたくらいで。
杏里さんの・・・「近年は、写真を撮る奴=変質者、が定着してしまい街での撮影には本当に神経を使う時代になってしまいました」・・・
地方は都会ほどではないのでしょうが、それでも祭りやイベントも何もない、素面の街並をスナップするなんてことは出来にくくなっていますね。とくに小さなカメラでの撮影は住人の眼の誤解を招きかねません。
やはり小さなライカ型カメラじゃなくて、ニコンD3のような大型機での撮影か正解ですね。カメラマンベストは私も考えなくてはなりませんな。(笑) もっとも嫌がられるような撮影場所になってしまった街を、何で今さら撮る必要があるのかという気もしないではありません。
盗撮というほどではなくても今はネットでの投稿もあるので一般の人は神経質になっていますね。
ところで、一般の人はカメラマンの持っているカメラを結構鋭く見分けるんですよ。そのカメラでどんな撮影ができ、どの位の値段であるか知っている人もいますね。
それで大きなカメラ持参だと、プロとかハイアマチュア(地方では一応芸術家だと思われている)だとして安心してくれるようです。(笑)
それで田舎で写真を趣味とする人は、中判カメラとかキヤノン・ニコンの高級機を愛用するのです。とにかく小型機では誤解を招くというか、そういう煩わしさを避けるためなんですね。
ライカも一眼レフタイプはOKですが、レンジファインダー型はダメなんですよ。ある程度は一般の人もM型が高価であるのは知っているようですが、田舎では間違いなく変人奇人(特に若い人が持っている場合は)に見られますから。(笑)
そもそもああいう古い形のカメラにお金を出すということ自体が変態行為に見られるんですね。それでM型はお年よりのひっそりとしたコレクション趣味でしかなくなっています。
でもね、昔はライカM型を使っても変な目では見られなかったというか、むしろプロが使うカメラとしての尊敬の眼差しで見られていましたね。(70年代中頃までは)
M型ライカの発展が止まってから、このカメラを持つことが変な趣味にみられるようになったのでしょうね。しかしM8はデジタルとなってしぶとく生き残っています。これは尊敬に値しますね。
とにかく田舎のカメラマンの間では、ライカM型を使う人は理屈だけ多くて写真が下手な人、というイメージが完全に出来上がっています。(ごめんなさいね、笑) 同じ舶来でもハッセルは田舎では人気でしたよ。(でも今はデジイチに変わっていますけどね)
そんな具合でレンジファインダー型のカメラが好きな私としては、何とも不本意なことになってしまっているんです。私も人に見られるのが恥ずかしくて、家の中で空シャッターを切る道具としてしか使えなくなったというか。(笑)
だからと言って、でかいプロ機を使うアマチュアが上手だというわけではありませんよ。(笑) しかし一般の人が見て分かりやすい写真を撮っているということはいえますね。
写真やカメラというのは不思議なもので(いや、当たり前かな)、上手い写真を撮る人は理屈なく尊敬されるんです。社会的身分あっても金持ちでも、撮る写真がつまらなければ無視ですし、それどころか高価なカメラを持っているほど馬鹿にされるのが落ちです。
奇抜な写真でも上手ければ感性のある人だなって高く評価を受けます。やはり写真は一目瞭然というか、ハイアマチュアの人も素人さんも納得させるものをとらないと話にはなりませんね。
ネットでみていると、ライカのような小型カメラで撮っている方は、私写真的なものを撮っているようですね。逆に言えば芸術性や人間性社会性の欠けている独り善がりの写真だといえます。
これはちょっと厳しい言い方になったかも知れませんが、そういうものは自分では満足していても一般的には評価を受けないのです。ましてや何々のレンズは云々というのは一般には意味不明と取られてしまいます。これってデジタルでRAW云々というのと同じですから。(笑)
レンジファインダー型のデジカメではライカM8とエプソンRD1があるわけですが、これを使ってスナップ撮影でデジイチと勝負するのは余程の撮影能力がなければ難しいですね。
レンジファインダー機の特色である短いレリーズタイムラグを生かした瞬間的なシャッター切り、しかも距離計を使わないノーファインダー手法をマスターしなければ太刀打ちできません。これができる人が今の人にどれだけいるのかなって思いますね。そういうハイテクニックを駆使してもやはりデジイチには敵わないでしょうね。
それから写真というのはカメラを使う以前の、ものをよく見る能力が基礎になっています。カメラという道具に頼るばかりで裸眼でものを見る訓練が出来ていない人がほとんどです。
唐突ですけど、AFカメラやデジタルカメラというのは、これを計算手法に例えてみれば電卓とか表計算ソフトのようなものですかね。そうなるとマニュアルカメラは計算尺やソロバンなのかな?ってことになるんですが(色気がないな)、本当はもっと基本的には筆算手法というものがあるわけですよ。九九とかもね。
筆算手法は写真に例えれば、写真やカメラ以前のものであって絵画とかスケッチとかの類になるんですね。そういう訓練をしていた人はカメラを持っても実に上手い写真を撮りますよ。
そもそも筆算手法がなければ数学そのものが成り立たないと思うのですが、写真人類の多くは基本の筆算からではなくて、いきなりソロバンとか電卓とかの機械を操作することから写真を始めているんですよ。(これを疑問に思っていない人が多いです)
自分の写真行為に限界を感じている人がいるとすれば、それは算数の基本を手書の筆算からではなくて、ソロバンや機械式計算機とか電卓やパソコンから始めた人の限界に似ているように思うんですよ。
美しいものや人や光景をみて我々は何かを感じて、ある人は絵を描いてある人は歌に詠むことをする。そういう手作りの直に肌に接した世界だった時代と、現代のカメラのように便利な機械を使っての表現とには大きな違いかあるんじゃないのかなって思いますね。
しかしね、ライカ型カメラで素晴らしい撮影が出来る分野があるんですよ。
それは室内での会い面したポートレート撮影です。手始めに身近な家族とか恋人や友人知人から始められるとよいでしょう。正式な正面ポートレートから少し動きのあるスナップ撮影とかを粛々と撮っていくんですよ。フィルムならば黒白が良いんだけどなあ。(黒白フィルムは永遠性が強いので)
撮影には必ず此方の両眼を開けて、被写体の人物を確りと見つめてください。レリーズを押すまでの時間が長くなってもいけないし短すぎてもいけません。
そう、レンジファインダーカメラは向こうからも此方の顔がよく見えるんですよ。此方と向こうの眼と眼が合ってレリーズが押せる。試しにデジイチと撮り比べても面白いですよ。デジイチは大きいのでカメラマンの顔が隠れて見えません。その違いが被写体の表情の微妙な変化となって如実に現れるんです。
ライカ型カメラは身近な人物を、深い愛情をもって撮影するには最高のカメラなんだということです。なるほどライカはラブ・カメラなんだな。(どこかで聞いたことがあるような)
ライカの色んなレンズの描写が好きな人も、人物ポートレートを撮ればそのレンズの描写力が生かせると思いますね。
ライカ型カメラの特色として、こちらも向こうも裸眼的に良く見えるということ。(中には光学ファインダーのないカメラもありますから。ちなみに4×5ではレリーズは裸眼で撮りますね)
それからもうひとつ、普通の一眼レフよりも、ライカ型はレリーズタイムラグが少ないということです。だいたい0.05秒かな、これは普通のデジイチより短くてニコンD3のような高速連写のプロ機と同じです。しかもシャッター音は小さい。
このレリーズタイムラグというのは写真撮影でもっとも大切なものなんですね。写真の構図とか色感覚というのは絵画などをやっていれば上手い人が一杯いるんですが、最後の詰めである人間の表情とか仕草というものはレリーズタイムラグが決めるんです。
それで0.1秒と0.05秒は雲泥の差となります。ハッセルでポートレートをする人がよくいましたが、合い面しないことやレリーズタイムラグが大きくて、やはり人間の微妙な表情は絶対にライカには敵わないようです。
またまた余計なことを書いて長くなりましたね。(笑) こんなことは皆さんとっくにご存知でしょうから。
この長徳先生のブログにはライカ型レンジファインダーカメラを使っている人が多いと思うのですが、みなさんどのような使い方をしているのかな。今もって野外の街撮りスナップに使用しているでしょうか。私は古いレンジファインダー機で野外スナップをすることは完全に諦めています。小さなカメラは人の多い野外で使うには誤解を招きかねないということ。それにAFでもないしレンズも制約が大きくて使い難いわけで。
フィルムカメラならお蔵入りでもいいんですが、M8やR‐D1も野外でも使い難いとなると問題ですね。もっと大きく見せて写真家としての正当性を主張するような顔デカのアクセサリーはないのかな。ダミーでよいからボディ下部に装備する一眼のモータードライブモジュールのようなものがあればいいんですが。
投稿: さぬきうどん | 2008年6月22日 (日) 23時17分