日経BPのウエブ
真夜中に起きて、メールを見たら午前1時45分に日経BPからメールが入っていた。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/lc/cover2/080507_record/
これは日経BPのかなり巨大なポータルサイトである。5月29日から一週間、このウエブマガジンでクラシックカメラの特集をするそうで、そのトップインタビューのご指名にあずかったわけである。
LPレコードの特集であって、ピーター・バラカンさんのインタビューが出ている。懐かしい名前だが、自分バラカンさんが来日した1974年の前の年にウイーンに行って80年まで戻ってこなかったので、いわば「行き違い」である。
そのバラカンさんのコメントの中で、以下のくだりが心にしみた。
以下、引用。
60年代半ばくらいは、ロンドンが音楽の流行の発信地で、格好いい音楽を生み出していたと思います。新しい音楽を生み出していった時代背景には、いろんな要素が絡んでいると思います。例えば、ビートルズはリバプールで育ったわけです。リバプールは港町なので、あの頃はリバプールからニューヨークまで貨物船がよく行き来していたんです。イギリスの船員たちが船に乗ってニューヨークに着くと、積んでいた荷物を降ろすのが波止場の黒人労働者たち。そこで、イギリスの船員たちが黒人の労働者たちと仲良くなって、黒人が聴いていたブラックミュージックを聴いて、レコードをイギリスに持ち帰った。それで、リバプール・サウンドと呼ばれる新しい音楽を発信していくことになったんです。リバプールで、ブラックミュージックが流行っていたのには、そういった背景があると思いますね。
引用おわり。
なるほど、ビートルズも港湾の沖仲師から生まれたのか。日本郵船のライラ(75000トンのコンテナ船)を取材したわけだが、今は沖仲師ではなく、ガントリークレーンが荷揚げをするから、そういう人間を「媒介」にした文化は「伝染」しないわけだ。これはさびしい。
それで15日の午後に日経BPのインタビューと撮影があった。15台ほどのカメラを佃から、旅行用バッグにいれて、タクシーで往復運搬した。
行きかえりの東京の風景というものをじっくり観察して、それが面白かった。
面白かった、その意味は東京の四季の移り変わりが目でわかるからだ。メトロだとそれがわからない。
「季節の感覚はとうに失われている」
このフレーズは明治時代以来、かなりの文豪ですら、この常套句を使っているのだが、このフレーズが自分は大嫌いである。大好きな作家もこの一節で大嫌いになる。
その「季節の感覚はとうに失われている典型的な場所」がメトロだけど、そういう常套句が嫌いだからと言って、生活のためとは言え、メトロに乗らないわけには行かないのがつらいところだ。
タクシーだと往復で6000円。ヒルズ行くのに一月で20万円弱となる。それもよかろうが、この場合、歩かなくなるのが大題だ。昨日の歩数は往復タクシーなので5360歩に過ぎなかった。これはよくない。
地下鉄がまだ、東京に2本しかなかったころには、地上の交通が当たり前だから、子供心に地下を行くという方法に、未来冒険活劇小説を感じて興奮したものだった。
その感激は今は失われているが、丸の内線が聖橋を超えるときなどは、少年のパッションが一瞬だけ再燃する。あの一瞬だけはこの世の記憶として来世まで持って行きたいアウゲンブリックである。
話を戻すと、日経BPのそのクラシックカメラ特集なのだが、インタビューは1973年生まれの人である。だから、われわれにとって周知のことも、わかりやすく説明した。
同時に、同行した日経BPの中田編集長が「かなりマニアックなお話も」というので、要するに坂崎さんと立ち話で30分かけるような、「日暮里とニッポール」のような高踏的カメラ話にも言及した。
今のクラシックカメラの新局面は、その担い手が、われわれのようなおやじ趣味から、知的冒険者に移行しているという点である。
例によって、福田和也一味と「あの写真部」を肴にして、話題を展開した。無論、福田教授は「反面教師」であって、手あたり次第、触るも恐ろしい高級カメラと高級レンズを買うのであるから、よい子の皆さんはそういうカメラ非行に走らないようにしましょう、と、「教育者の立場」から説教申し上げたのである。
福田さんの世代がわれわれ還暦世代に比較して、まだ救いがあるのは「写真の向上心の欠如」にある。
これは大事なことだ。われわれだと、すぐに写真を上達させて「二科写真部に出品」とか、「東京都写真美術館で個展」とか、「日本郵船氷川丸1000ページ写真集を出す」とか、そういうような社会を転覆させようという怪しからんことばかり考える。
福田教授世代は、その意味で「しらけて」いるので、12時間の撮影行で、6回も飲み屋に入るのはあまり感心できないけど、写真への向上心が欠如している点は評価できるのだ。
昨日のインタビューで、指導したのは「高級カメラよりも安いクラシックカメラにその存在の真実が宿っている」という点だ。
1936年製のアメリカのアーガスカメラなどは、完璧なアールデコデザインであるが、その価格10ドルで手にいれた。
日本郵船氷川丸の一等社交室はアールデコであるが、それが気に入ったからと言って、持ち帰るわけには行かない。
アーガスのアールデコなら「テイクアウト」自由である。ポータブルアールデコだな。
あの写真部に関して言えば、マドリストの和歌子とか、新潮45の編集部員(女性)あたりに、クラシックカメラの嗜好の未来形が模索されていると言ってよい。
マドリストは、おじいちゃんの遺品のマミヤ6だし、新潮45の編集部員はデジカメのクラシック化を模索しているようなのだ。
そういえば、新潮(あのメジャーな文芸誌)の編集長の矢野さんもかなりクラシックカメラ方面にいってしまっていて、ライツミノルタCLなんかを振りかざしている。この人とは、1月前に四谷の「いぬっころ」で福田さん一味とあったときが初対面だが、実際に非常に若く見える。黒ずくめのスリムな人で、文学志向青年という感じであるのが、その方面の「頭取」であるのがおかしかった。こういう意外性の一撃は本物のブラックユーモアだ。
自分が29歳のとき、映画の仕事で、フォルカー・シュレンドルフ監督とウイーン近郊で仕事をしたことがある。(映画:とどめの一発)
ロケ地について、朝にスタッフが準備している中で、監督に挨拶に行こうと思って、黒澤さんみたいな、いかにも映画監督、監督しているおやじさんの所に仁義を切りにいったら、その人は大道具の係りの人であった。
本物の監督は、払い下げのNATOジャケットを着た、実に頼りなさそうな青年であって、びっくりした。
上の画像はR8。実に久しぶりの使用。スナップにはやはりコンパクトデジカメがよい。
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コメント
1960年に生まれた世代(世代というのか?)つまり福田和也さんのことですが、個人的に「しらけ、ノンポリ、しがらみなし」の特異な時代の申し子であると思っています。
その前年の生まれの人には「学生運動」の影響が痕跡としてある。
その後年以降には「校内暴力」の発生がある。
しかし60年生まれはエアポケットのように何もないのです。
同年生まれと言えば辻元清美、なるちゃん(皇太子殿下です)など、個性(?)豊かな人物を生み出しています。
それらの人々に共通しているのが「欠如」というキーワードなのではと思っています。
「常識」の欠如、「しがらみ」の欠如、「愛情」の欠如、「社会性」の欠如・・・
それらの「欠如」が今の時代にはある種の貴重性を持っているのではないかと個人的には感じているのですが。
投稿 satobo | 2008年5月17日 (土) 01時41分
こうしてアマチュアはモノに走って、写真文化は退廃していくのです。
投稿 アラン・スミス | 2008年5月17日 (土) 08時17分
「季節の感覚はとうに失われている」というのは個人的な感覚であって、「失われているかどうか」はそれぞれの個人の生活態度に帰するものですね。アホなサラリーマンなんか辞めちまって、自宅から駅までの道を散歩カメラでも持ってゆっくり歩けば、季節感はそこいらじゅうに充満していますよ。
投稿 浦賀のニッポール | 2008年5月17日 (土) 12時16分