
日曜日。
家人はお彼岸シフトで@新潟なので、人間の居ない佃の部屋はまるでどっかのホテルのスイーツに宿泊しているような気分だ。
そういう見立てをすると面白い。それにしては、周囲ががらくたカメラだらけなのがまた一興である。かつてのチエルシーホテルだと思えば良い。
昨夕は夜の池袋に行った。
夜の池袋でじゅんく堂という書店を探して徘徊した。夜に池袋を徘徊した経験は実は初めてである。ちょうど酒の味を覚えたはたち前後に、ここらの安いバーで飲んだのは池袋から都電で家のあった護国寺までの便がよかったからだが、それは40年前のことだ。
だから、池袋はまったく知らない東洋の夜の街という感じで、香港や上海よりも異国情緒がある。
じゅんく堂はその西武デパートの目白よりの東側に立っていた。自分の池袋に関する「土地の古老ぶり」はかなりのポイントである。
というのは、まだ西武百貨店の出来る前であって自分は母とぺんぺん草の生えている鉄道の枕木で出来た柵越しに池袋駅を見ているのである。駅前には巨大な「お釜」を車体の後部に載せた木炭バスが止まっていて、それがモダンに見えたものだ。これは昭和26−7年のことになるのであろう。
それほどに久しぶりの池袋で、探し出したじゅんく堂はプラハにある構成主義建築とまるでうり二つのモダン建築であった。
そこで土曜の夜の午後7時というゴールデンタイムに赤瀬川原平さんと零円ハウス研究家の坂口さんの対談のゴングがなった。
坂口さんは、これは自分の息子ほどの年下だし、原平さんから見ると孫というのは年下過ぎるけど、まあ疑似孫くらいの年齢差である。
じゅんく堂は大手の本屋さんだが、その4fの喫茶店が会場ではちょっと収容能力が少なすぎてもったいない。以前、丸善の本店であたしも似たようなことをしたことがあるが、あそこはキャパが200名くらいであった。だからいかにもバトルトークのゴングのなる後楽園の青いビルとか黄色いビルという感じがしたものだった。
せっかくの好企画なのにもっと大きな箱で開催してもらいたかった。
その対談の感想は自分は隅田川の住人であって、ブルーのパオは身近な存在なのだから、追々に書いてゆくつもりであるがそのことよりも、この手の著者の対談の「社会的な効能」について考えてしまった。
昨夜のキャパは40名ほどだ。この40名の半分が昨夜のメーンゲストの「零円ハウス研究家」の坂口さんの本を買うとしても、巨大な書店にしてみればそんな売り上げは物の数ではない。だからこういうトークショーは完全に「文化的」存在なのである。
それは良いとして、あたしの痛感したのはトークショーは話し手よりも聞き手の方が疲労するという事実であった。昨夜のは90分の持ち時間であって、それを2人で割りかんするわけだから、まあ一人あたりの持ち時間は45分である。自分の経験からすると、この位の時間はあっと言う間であるが、聞き手の方に座るとなるとこれは案外に疲れる。
自分の場合、話し手馴れしているが、聞き手馴れしていないのだ。これは今後の課題であった。
原平さんと坂口さんの会話は面白かった。
坂口青年は気合いが入っていて、何度も水を飲みつつフルパワー状態。これに対する原平老人はさすが老人力のVSOPの年期がはいっているから、完全に肩の力が抜けている。
坂口青年の攻撃は「老舗赤瀬川商店の暖簾に腕押し状態」であって、そのコントラストは見ていて面白い。
これは格闘技なのである。
その会話の中で、いわゆるホームレスさんの反対側の世界に居る、こっち側世界のわれわれの呼び名をどう規定したら良いのかという問題提起が何度も模索された。
愚考するに、ホームレスはそのキャラクターの人を意味するのなら、erを付けてただしくはホームレッサーではどうであろうか。レッサーパンダみたいで学術的な響きがある。
対するに、かりそめの屋根の下に居る我々根性なしは、ホーマーではどうか。サブプライムローンの無差別攻撃を受ける、ホーマーである。
ホームレッサーとホーマーだと、やはり前者の方がその哲学的な存在は比較にならないほど高いこと、これは言うまでもない。
会が散じて、原平さんに挨拶するのは野暮だからしなかった。講演者のお二人が会場に入って来て座った時に、「あ、チョートクさん、来てる」と原平さんがちょっと口に出して、「こんばんは」と自分が答えたのだからそれですでに挨拶は済んでいる。
昨年の暮れに岩波の人から、例の「赤瀬川原平セレクション」とあたしの同じシリーズのセレクションを記念して小酌に誘われていたのだが、その当日、原平さんから体調をくずしたむね、延期の届けをもらった。
その3月後にお目にかかったわけだが、お正月にいただいた原平さんの年賀状は「鼠の目がぐるぐるしている」イラストなのであった。それで原平さんの目眩が気になった。
武田泰淳の名作に「めまいのする散歩」というのがあったが、アーチストは目眩は製作の秘密に関する要素でこれは必須であろう。だから二日酔いの場合を除外して、日常で目眩のないような作家は本物ではない証しだ。
それはそれで良いだけど、ただ、健康面の目眩はやはりよくない。
講演終了して控え室に入る後ろ姿の原平さんは、ちょっと左手でその入り口の壁を支えたりしたのだ。その仕草が気になったがそのまま佃に戻ってきた。
原平さんのこれから、新宿経由で玉川学園まで戻ってお稲荷さん赤い鳥居の坂を登って、その突き当たりのニラ(ニナ)ハウスまでの短くはない帰宅の道のりが気になった。
ああ、坂口さんの「零円ハウス」の著作はその場では買わなかった。そこで買ってしまうとなにか浅草奥山の、蝦蟇の油売りの口上に載せられた無垢な観客めいてしまう。
これは著者に失礼であろう。だから帰宅してから、正式にアマゾンで注文した。
トークショーの「参加作品」として領収書をもらった。
池袋のじゅんく堂はレジが1fにあってそこで集中に支払いをする。パリのfnackと同じシステムだ。だからこういう手書きのレシートは「コレクターズアイテム」になる。
改めて見たら、領収証となっている。やはりじゅんく堂はその文化度が高い。