芋の葉の緑をコンタックスlllaで撮る
昨年の春に久しく使っていなかった、普段はマックを入れて歩く、黒いデイパックを調査したら中にショッピング袋が入っていた。
その袋はそこそこの「嵩」があるのだが、それはライカのような比重ではない。それよりはずっと軽い。
開いたら、巨大なクロッカスの球根のようなしかしずっと巨大な物体が登場した。それが里芋とか、八頭とか言う芋のたぐいであることは自分でも分ったのだが、さて、何時、誰にいただいたものか皆目、見当がつかない。
それを食ってしまうにはしのびないので、チエコ製のクリスタルの鉢に水を満たして、ベランダに置いたら数日を経たずに、新鮮な芋の葉が何本も出てきた。
眼前は隅田川であるが、ここは都会の中心だから親水公園とか普通の公園はあるものの、それは「自然を模した」偽自然に過ぎないのであって、今更都会生活をしていてそういう不満を並べたてて見たところで、それが身勝手なことは良く分っている。
それだから、逆にクリスタルグラスから伸び出した、ひとむらの芋の葉は初夏の朝などは、本物の田舎のそれのように、まるで葉の根元に玉の露を宿しているように思えた。
昨年は8月の猛暑には自分はプラハに逃げていなかったが、9月の半ばという時に、家人は「専門医が診ても重症」と太鼓判を押すほどの帯状疱疹になった。
暑さのせいである。
最近では「恐れ多い」方面で雅子さまがこのご病気でご苦労であるが、この発症を機会にして、家人などは雅子さまのご苦労が良く理解できる、などと漏らしている。
同様の病はマエストロ・オザワもそうである。
その家人の発病の9月に翌10月の家人のソプラノリサイタルはもう出来ないのではないかと思ったが、家人は持ち前の「大和魂」(おかしな言い方だけど、他に語彙が見つからない)で、リサイタルはそこそこの成果を挙げた。
10月にまだ完治しない家人を心配しつつ、プラハにパノラマカメラを携えて、行ったわけである。それから今年の1月にはまたプラハ行きの予定であったが、予定が殺人的になって、プラハ行きは目下、延期となっている。
くだんの、芋の葉のことだ。
9月の家人の発病と共に、葉っぱは枯れてしまった。
家人は「これは自分の病気の身代わりになってくれたのでは、、、」と言っていたが、さもありなんと信じられるような枯れ方であった。
それが12月の声を聞いて、芋の根っこの表面からまた新しい茎がどんどん出て来たのは嬉しかった。なにか「再生」という言葉をそこに実感として強烈に感じたのである。
ライカインコの籠と段ボールの乱雑な家の中で、その芋の葉っぱのコーナーだけが生気に満ちているように思ったので、カメラを向けた。
カメラはコンタックスlllaに35ミリレンズだ。そのコダックのカラーを現像してCDに焼いたのを見たら、これが良く写っているのである。
それが普段慣れている、デジカメの描写ではなく、あたかもカラーネガをスキャンしたので、「大事な色彩が抜けて」いるわけであるが、そのマイナス面が逆に思わぬ効果を生んだ感じであった。
その画像がこれである。
ああ、もう一点。目下発売中の大日本講談社のセオリーというムックでは「新定番」についての特集である。自分は不勉強なので、白州家と小林秀雄の親戚関係をこのムックで初めて知ったのだ。
それはともかく、このムックの後半のカメラの新定番で、ライカやローライや、コンタックスや、それとリコーGRなどが登場して、そこで「専門家」として自分が出てくるのだ。
それはインタビューを構成したもので、その前後のカメラの話は自分は関知していないのだが、コンタックスの紹介の中で、編集部さんが「コンタックスA2」とやってしまったのは、かなり吃驚した。そんなカメラはこの世にありません。
コンタックスllaである。
その為にだけでも、このムックを書店で立ち読みする価値はある。
それと、もう撤去されたかも知れないが(先週の土曜にはまだあったが)東京メトロの永田町の有楽町線と、半蔵門線の乗り換えの長い長いエスカレータに、この講談社の「セオリー」の最新号の長い長い長い長い広告が出ている。
くだんの広告は地下50メーターの大江戸線の六本木駅のエスカレータでも見ることがあるが、こっちは一枚、一枚がバラバラのパネルであるのに対して、永田町駅のそれは、洛中洛外図の絵巻物だ。
しかも乗客が勝手に、エスカレータで移動しつつ、全貌を見れるのが良い。
恐らく東京メトロの広告だから、通常のポスター掲示料であろうが、経費のかからない効果的な広告だ。
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